◆◇◆ 蜘蛛の糸 ◆◇◆
むかしむかし、あるところにパチンコ店の若手店長がいました。 彼は毎回店長会議に行くのが苦痛でした。 なぜかと言えば、ワンマン社長からいつも追及されるかれです。 そして最後に全員に向かって言うことは決まっています。
「稼働と利益どちらも落とすな!上げるんじゃ!」
そう言われると参加している店長は、誰一人社長の顔を見ようとしません。 全員うつむいて何も言いません。 これが毎回繰り返えされます。 たまに息子の常務が口出しをしますが、まったく聞く耳をもちません。
そして、会議が終わると社長がいなくなった後、古参の店長達が三々五々帰りながら、暗い顔をして言います。
「社長も無茶なことをいう。稼働を上げるためには、利益を落とさないといけないし、利益を上げれば、稼働が落ちてしまう。
どちらを重視するか、明確な方針を出して欲しい」
若手店長も全くその通りだと思いながら、本社の会議室を後にします。
最近は業界も厳しく、計画未達が続いています。店長会議での社長の追求も、厳しさが増してきています。
『稼働を上げようと思い、利益を少なめにすると、社長に怒られる。
利益を取ろうとすると稼働が下がり、社長に怒られる。一体俺はどうすればいいんだ』
ある朝目覚めると、会議の夢を見て、若手店長はびっしょり汗をかいていました。
ノイローゼになりそうです。
途方にくれていると、天井からクモがおりてきました。
そして若手店長に言いました。
「店長、この前私を助けてくれたお礼がしたい」
そういうとクモは人間の姿に化けました。
若手店長がビックリしていると人間の姿をしたクモは言いました。
「この間、あなたのホールで、スタッフが私を見つけて殺そうとしたのを、
あなたが『朝蜘蛛は縁起が良いから逃がしてやりなさい』と言ってくれたお陰で助かったんです。そのお礼に伺いました」
そう言って、話を続けました。
「私は、天国の仏様の近くで、地獄で改心した人を天国に引き上げる蜘蛛の糸を作っているものです。
たまたま地上に降りたときに、あなたのホールに迷い込んでしまったのです。
あの時は本当に助かりました。ありがとうございました」
人間の姿となったクモは深々と頭を下げます。
「お礼にあなたの手助けをしたいと思いここに来ました。
お見受けしたところ、会議という修羅地獄で苦しんでおられるようすね。
私の蜘蛛の糸で、お助けいたします」
若手店長はそれを聞いてむなしく笑いました。
「ご厚意は有難く受け取りますが、私を救い出すことはできないでしょう」
「何故でしょうか?」
「それは、私は矛盾する2つのこと、つまり稼働の向上と利益の向上に、同時に取り組まないといけないからです」
「なぜ、矛盾するのですか?」
「利益を確保しようとして、稼働を上げるためには、玉粗利を落とす必要があります。
逆に玉粗利を上げると稼働がおちてしまいます。
計算式では言えば、利益=総稼働数×玉粗利というような関係になります」
店長は近くにあった紙に式を書いて人間に変身したクモに見せました。
するとクモはこういいました。
「あなたは悪魔の罠にはまっていますね」
「悪魔の罠?」
「悪魔は人間から思考力を奪うことで、人間を窮地に追い込もうとしているのです」
「・・・・・・・」
「あなたの思考の中に、利益=総稼働数×玉粗利という計算式が、絶対の真理と思わせ、
稼働を上げるには利益を下げるしかない、利益を上げれば必ず稼働が下がると思い込ませることで、思考停止に追い込んでいるのです」
「思考停止に?」
若手店長は、それ以外の利益の算式※を考えることができなかった。いや、あるとさえ思えなかった。
「あなたは、稼働を上げるためには利益を下げるしかないと思った瞬間に、
稼働を上げるための他の工夫を本気で考えることができなくなります。
人はできるという可能性を見いだせないものを本気で考えることができないからです。
その結果、稼働を上げるためには利益を下げるしかないと思い込んでしまう。
そうして思考停止に陥り、益々工夫ができなくなる」
若手店長は、言われてさらに気が付いた。
確かに稼働を上げる他の施策を真剣に考えてこなかった。
いや考えることさえも思いつかなかった。
「利益を上げると稼働が下がるも同じです。あなたは利益を上げた時、稼働が下がるのを予想していたはずです。
そして、下がるとやっぱり下がったと思ったはずです。
人はこういう体験をすると、真理と思い込み思考を停止します。
そして利益を上げても稼働の低下を防ぐ施策を、真剣に考えなくなります」
若手店長は、そう言われると益々そうだと思った。
「私は、仏様と一緒に、地獄も見ますが、この世も見ます。
ホールの中を見ることもあります。
仏様の横に控える文殊菩薩様が、稼働と利益は、マイナスの相関関係はある程度あるが、因果関係は無いとおっしゃっていました。
その証拠に同じ台粗利でも稼働が違うし、同じ稼働でも台粗利は全く違っている」
「そうなんですか?」
「知恵第一の文殊様が言われたのです。間違いはないと思います。 但し、こうも言われました。同じ営業施策をしていると高いマイナスの相関関係ができてくる。 だから、同じ会社のグループ店は同じ営業手法をするので、利益と稼働のマイナス相関関係が高くなり、因果関係があると思い込む人が多いと」
若手店長は、利益と稼働に因果関係があると錯覚したため、思考停止をしてしまい、新しい営業手法の開発という発想が湧かなかった。
そのために焦り、やっている感を出すために、今までの営業手法を繰り返し、錯覚を強めていた。
そして、さらなるジレンマに陥てしまったことを理解しました。
そして、言われてみると他店視察に行ったとき、玉粗利が高いのに稼働が高い店舗や、逆に玉粗利が低いのに稼働が低い店舗を見かけていることを思い出した。
「なるほど、ということは、うちの社長が言いたかったことは、
これまでと違う営業手法、営業施策を開発しろと言いたかったということでしょうか?」
クモはニッコリ笑いました。
「店長はようやく私の出した蜘蛛の糸をつかまれたようですね。
後はその糸を掴んで離さないことです。
そのために稼働が上がる真の要因とは何か、利益を下げない真の要因とは何か、注意深く観察し、それを強化していくことです。
諦めて決して糸から手を離してはいけませんよ」
そう言うとクモは元の姿に戻り、天井へと消えていきました。
※計算式が発想を決める。
〇利益=総稼働数×玉粗利
〇利益=台数×台粗利
〇利益=客数×平均客粗利=(実客数×来店回数)×平均客粗利
〇利益=総負金額-総勝金額=(負け客数×平均負金額)-(勝ち客数×平均勝金額)
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