◆◇◆ 第22話 こころからの笑顔 ◆◇◆
むかしむかし、あるところにパチンコ店がありました。
そこでアルバイトをしている女の子がいました。
アルバイトになった当時は、何も分からず緊張していたのですが、
1年も経つと仕事の要領も覚え慣れてきました。
慣れてくるにつれて、仕事が退屈になってきました。
毎日、時給は高いのですが、同じことの繰り返し、
頑張ったからといって時給が上がるモノでもなく、
手を抜いたからといって時給は下がりもしません。
お客様の顔も、良く来る人はだいたいは分かりるようになりました。 お客様対応は、自分が一所懸命に接客をしてもお客様は怒ってクレームを言って帰る時もあれば、 手を抜いてもパチンコに勝って機嫌よく帰る時もありました。 だから、適当に愛想を良くしていれば、それで十分だと思っていました。
女の子は愛想の良いお客様には丁寧に対応し、そうでもない人にはそれなりの対応と決めていました。 だから、挨拶も好感の持てる人には欠かしませんが、好感の持てない人や知らない人に対しては、挨拶したりしなかったりという具合でした。 それでも役職者からは、注意されることもありませんでした。だから女の子は他のスタッフよりは、挨拶や笑顔は出来ていると思っていました。
◇
ある日、会社の人事異動があって店長が変わりました。
新しい店長は挨拶や笑顔にうるさく、
どんな時でも挨拶をするように、またホール内では常に笑顔でいるように指示を出しました。
女の子ははじめは注意して、挨拶や笑顔をしていたのですが、
しばらくすると以前と同じような感じになってしまいます。
すると、インカムから「挨拶」とか「笑顔」という声が飛んできます。
ホールに出ている役職者がチェックして声を掛けているのでした。
役職者は店長から毎日、挨拶と笑顔についてきかれるので、
以前のようないい加減な対応をしなくなりました。
女の子はダンダン疲れてきました。
今までは文句が無かったのに、
店長が基準を勝手に変えて、プレッシャーをかけてくる。
特に気要らないのが「笑顔」でした。
こころからの「笑顔」、常に「笑顔」と言ってくる。
人が見ているかどうかも分からないのに、常に「笑顔」でいるのは無意味であり、どう考えて嫌がらせに思えました。
人間調子の良い時ばかりではありません。
身体がだるい時もあります。
気分が乗らないときもあります。
少しぐらい手を抜いても何も問題ないはずです。
そう思うと女の子は、ダンダン働くのは嫌になってきました。
するとある晩、夢を見ました。
夢の中ではカッコイイ若者が現れて言いました。
「アルバイトを辞めるだなんてもったいない。
ここのは他の業種に比べると時給は高いよ。
もう少し頑張ろうよ。
本当の『笑顔』を出そうとするから疲れるんだ。
作り笑いでも十分だよ。
素早くやれば分からないからね」
そう言って微笑み掛けました。
女の子は夢の中で辞めずに頑張ろうと思いました。
夢の中で、それを確認したカッコイイ若者はニヤッと笑いました。
そして、女の子の夢から出てきて姿を変え、悪魔になりました。
その一部始終を見ていた後輩の悪魔は言いました。
「先輩、悪魔も人を励ましたり、動機づけたりするんですね。
でもそれは悪魔らしくないじゃないですか」
先輩悪魔はニヤッと笑って言いました。
「俺に今のターゲットは、このパチンコ店を潰すことさ。
作り笑いをする人間が増えれば増えるほど、客はいやな感じがして店に行かなくなる。
作り笑いをしても、本当は歓迎されてないことが本能的に人間は分かるからな」
「なるほど」
「三流の悪魔は、直接的に不幸を与える。
二流の悪魔は、本人に間違った努力を教えて、本人に不幸を与える。
一流の悪魔は、間違った努力を教えて、周りの多くの人を不幸に巻き込む」
勉強になりますと言って、後輩の悪魔はニヤッと笑った。
◇
一週間ほど経った時、女の子は店長に呼び出されました。
「店長、何か御用でしょうか?」
「君に質問したいのだけれど、まず、この絵を見てくれ」
見ると大きな紙にスマイルマークが沢山書かれていました。
「何でしょうか?」
「この絵の中で、一つだけ違う顔のマークがある。どれか分かるかな?」
「これです」女の子は不満マークを指さして、すぐに答えました。
「それではこれを見てくれ」
見ると不満顔のマークが一面に書かれていました
「この中で違うマークが1つあるどれか分かる?」
女の子は探しましたがなかなか見つかりません。
仕方が無いので端から探してやっとスマイルマークを見つけました。
「私の言いたいのは、この実験※と同じことさ。
人は嫌な顔にすぐ気づく。笑顔は気づきにくい。
人は敵や危険を素早く察知してきたことで生き残ってきた遺伝子が、人の頭の中になるからと言われている。
笑顔が無い時や作り笑いはこれと同じで、すぐにお客様に発見されてしまう。
だから、このホールはあなたを歓迎している、安心して打てる場所というイメージを出すためには、
こころからの挨拶や笑顔を常にやることが必要なんだ」
女の子は始めて『こころからの笑顔』が必要な理由を初めて知りました。
「どんなに上手く作り笑いをしても、偏桃体という危険を察知する器官が反応してしまう。
人間に限らず動物の脳には、悪いニュースを優先的に処理するメカニズムが組み込まれているんだよ。
いわゆる本能的に分かるというものさ。
この実験を体験して、こころからの挨拶や笑顔を常にやる意味を、君も理解できただろう?」
女の子は頷きました。
この様子を天井の隅で見ていた悪魔が言いました。
「このホールを潰すのは効率が悪そうだ。もっと間抜けな店長にいる店を探そう」
そういうと後輩の悪魔を連れて、別のホールへと去っていきました。
※1988年に行われたクリスティン・ハンセンとラナルド・ハンセンの人間の潜在的脅威に対する実験
(ポイント)
1.作り笑いはすぐにバレる可能性が高い。
2.笑顔が無い顔は、お客様にすぐ発見されてしまう。
3.信頼される店舗づくりの第一歩が、挨拶の徹底と笑顔。
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