コミュニティマネジメント研究所

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パチンコ寓話

パチンコ・イノベーションを促進させる短編寓話集

◆◇◆ 第44話 人生最後の日の居場所 ◆◇◆

 むかしむかしあるところにパチンコ店で働いている若者がいました。 ある有名なホテルのホテルマンになりたかったのですが、面接で落ちてしまい、仕方なくパチンコ店で働いていました。
 パチンコ店に就職を決める時に、彼の母は反対しましたが、父はパチンコ店も接客サービスをしているから勉強なると、頑張るように言われました。 そしてその時、父は諦めなければチャンスはまた巡ってると言い、 自分の能力を高めたければ、『今日が最後の日』とも思って悔いのない仕事をすることを心掛けるよう、若者にアドバイスをしました。
 若者は、とりあえずパチンコ店で働き始めたのでした。

     ◇

 最初は覚えることが多く、1日がアッという間に過ぎていきました。 3か月もするとだいたいのことは分かり、半年もすると余裕が出てきました。 そんな時、父から手紙と一冊の本が送られてきました。
 本のタイトルはデール・カーネギーの『人を動かす』という人間関係づくりの名著です。 手紙には、「諦めなければ、道は開ける。『今日が最後の日』と思って頑張るように!」と書かれていました。 若者は半年前に思っていた「有名ホテルのホテルマンへのチャレンジ」を思い出しました。

 若者にとって、本は人間関係の原則を教えてくれるものとなり、ホールはそれを試す場となりました。 本質は、相手を大切な存在として扱い、そのために漏れの無い気遣いをするということでした。
 若者はそれを実践するために、大きな笑顔の大切さを知りました。 そしてお客様を観察し、お客様が何を欲しているか考えて、それをお客様が言う前に実行しました。 もちろん、すべてができるわけではありませんが、 でも出来なくてもお客様が納得するだけの誠意を見せることで、お客様が自分が大切にされていると感じ、満足してもらえることが分かりました。
 このような接客やサービスを続けていくうちに、お客様が自分に対して好感をもっていることが、実感として分かりました。 まるで親しい叔母さんや叔父さんと接しているような感覚でした。 他のスタッフが嫌がるお客様も、自分に対しては良くしてくれます。 毎日の挨拶も通り一遍ではなく、楽しい会話ができるようになりました。 若者は、あの有名なホテルに行けば、サービスを紹介する本に載っているような素晴らしい接客サービスができると、心が弾みました。

     ◇

 その日は突然訪れました。 
 いつものようにホールで接客をしていると、突然大きな音が鳴り、大きな揺れが続きました。 お客様をはじめ、スタッフもパニックに陥りました。 大きな揺れが収まるとすでに停電をしていました。ホールも一部壊れています。
 若者はお客様を誘導し、駐車場まで行きました。 そして、駐車場の状態と出入口、そして道路の状態を確認し、お客様の車が安全に出られるように誘導を行いました。
 店舗の中では店長がいろいろな指示を出しており、若者もそれに従い、店じまいをし、すぐに店を出ました。 その日、若者のいた町は津波に襲われ、多くの死者が出ました。

寓話

 近くの炊き出しに行くと会話がふと耳に入ってきました。
「あのABさんのおじいちゃん。あの日パチンコをしていたらしいのよ。 慌てて家に帰ったらおばあちゃんがいないので、探しに行って津波に巻き込まれたんですって」 「何よそれ。『人生最後の日にパチンコ?』ってねぇ。もっとましなことがいくれでもあるじゃない。・・・・・」
 若者はその会話を聞いて、いたたまれなくなりました。
 ABさんは良く知っているお客様です。 常連ではありませんが、たまに来ては楽しそうにパチンコをしているお客様です。 もうすぐ孫が東京の大学を卒業して、帰省すると楽し気に話していたのが、若者とABさんとの最後の会話でした。
 結局この震災で、多くの親しくしていたお客様が亡くなったことを、若者は知りました。

     ◇

 震災から2か月経ち、若者は、パチンコ店を辞めることにしました。 グループの災害を受けていない店舗で働くという選択肢もあったのですが、断ることにしました。 当初目標としていたホテル業界への就職活動をしようと思いました。 そして、パチンコ店を辞めるにあたり、親父にきっちり会って報告しておくため、友達の運転する車に便乗して故郷に帰ることにしました。
 若者は最初は友人と話していましたが、疲れていたのか、すぐに眠気が襲ってきました。 そして急に「危ない!」という友人の大きな声が聞こえたと思うと、意識が無くなってしまいました。

 気が付くとそこはキレイなお花畑がどこまでも続く、見たこともない場所でした。 そして、3年前に亡くなった祖母が立っています。 祖母はニコニコしながら「お前は、まだ早いよ」と言うとスーッと消えていきました。不思議と恐くありません。 そして、振り向くと多くの見知った人が立っていました。 震災で亡くなった知り合いのお客様です。 その中には、あのABさんもいました。

 若者は思わず頭を下げ、叫びました。
「どうもすみません。人生最後の日に、パチンコ店で過ごしていてたなんて、申し訳けありません。 イベント日なので来てくださいと言って、すみませんでした・・・」
 若者は、炊き出しの日の会話を聞いてから、亡くなったお客様に対して、申し訳けなさでいっぱいでした。 その想いがあふれ出てきたのです。

 すると頭の中に直接お客様の心が伝わってきました。
「何を言っている。わしらは後悔しとりゃせんよ」
「そう、私たちは、あなたに感謝するためにここにいるのよ」
「そうだとも、人生最後の日にどの場所にいたのかは重要なことじゃない」
人生最後の日に、自分のことを大切に思ってくれる人といることが重要なんじゃ」
「そうですよ。あなたは私の薬の時間を覚えていて、いつもお水をもってきてくれた。 あなたは私を、私たちを大切にしてくれた。だから人生最後の日に、”あなたのパチンコ店”に行けて本当に良かったと思っているのよ」
「そうじゃ、わしもじゃ。あんたはわしが腕が痛いことを知っていて、ランプを押す前に必ず声をかけてくれたじゃろ」
「私もそう。雨の日は私が服が濡れるの嫌っていることを覚えていて、雨の日は必ず乾いたタオルをもってきてくれたでしょ」
「おれも、・・・・・・・・。あんたの気遣いが本当にうれしかったよ」
 亡くなったお客様の想いが、若者の心の中に次ぎ次に入り込んできました。 若者の目に涙が溢れてきました。
「ありがとうございます。ありがとうございます。・・・」
 若者は何度も何度も心の中で、お礼を言いました。 顔を上げるとお客様たちは笑顔で消えていくところでした。

 若者は思いました。 親父が教えてくれた『今日が最後の日』と思い、サービスマンとして悔いのない接客をするという考え方。 私はそれをもう少し進めて、『お客様が体験する最後の接客になるかもしれない』と思って悔いのない接客をするようにしよう。 そうしたら私は胸を張って、家族にでも誰にでも、お客様の最後の日に、パチンコ店に来られて本当に満足されていました、ということができるだろう。 若者は震災後に感じた後ろめたさのようなものが、スーッと無くなっていくのを感じました。 と、同時に非常に眠くなり、その場で寝てしまいました。

     ◇

 再び気がつくと、若者は病院のベットの上でした。
 友人の車が事故に巻き込まれて、若者も救急車で病院に運ばれたのでした。 若者の横で両親が心配そうに見ています。若者が意識を取り戻したのに気づき、親父が若者に声を掛けました。
「気が付いたか?心配しなくていい。大したことない、すぐに退院できるだろう。 先ほどお前が勤めていたパチンコ店の店長と社長が来られたので、これまでお世話になりましたと、十分お礼を言っておいたよ」
「・・・・・・」
 若者は親父の話を聞きながら、またパチンコ店で働くのも悪くないと思い始めていました。

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