◆◇◆ 第65話 店長採用の基準② ◆◇◆
むかしむかしあるところにパチンコ店を営む会社がありました。 社内新しい風を入れて、厳しい経営環境を乗り越えていきたいと考え、店長を募集することにしました。
応募は結構あり、20人以上にもなり、人事担当部長は、これは多いと思い、書類選考で足切りをし、10人程度にすることにしました。 部長は今回の応募の状況の報告と、足切りの基準について社長へ会いに行きましたが、足切りの基準がマズイから再度考えるようにと社長に言われてしまいました。 部長はすぐに新たな基準を考え、社長室へ向かいました。
◇
「社長、恐れ入ります。新たな書類選考基準を考えたので、お時間少しよろしいでしょうか?」
社長は部長を招き入れた。
「早速ですが、報告させてもらいうます」
「以外に早かったね。で、基準は?」
「いろいろと考えましたが、わかりやすい無難な基準がいいのではと思いました」
「なるほど、それでどんな基準にするの?」
「一応学歴による足切りにしようと思います。
現在、社員に大学卒のものの多く、今回配属を予定している店舗も、大卒者が3人いるので、彼らも納得して新しい店長候補の指示に従ってくれると思います。
その基準で選考すると11人になります。
大卒の中でも、三流大学を除くと8人になるので、予定通りの絞り込みができると考えます」
「ダメだな」社長は即答した。
「なぜでしょうか。中卒よりも高卒、高卒よりも大卒の方が、基本的に能力が高いと思うのですが?
もちろん、同じ大卒でも、三流より二流、二流より一流の方が能力が高いと思います。
なるべく能力の高い人材を入れた方が、良いのではないでしょうか」
「部長は、シグナリング理論を知っているの?」
「シグナリング理論・・・ですか?」
「ノーベル経済学者のマイケル・スペンスが就職市場において、学歴が合理的判断となるとしたもので、
高等教育が労働者の生産性に何ら影響を及ぼさないとしても、
企業がその労働者に対して、高賃金を支払うことは合理的であることを示したというもの。
個人の情報をすべて知りえないときに、この場合『学歴』というシグナルは合理的な判断基準となるというものだ」
「だったら、私の提案した学歴重視でいいのではありませんか」
「部長、学歴のシグナルの意味を考えたことはあるか?」
「いきなりそういわれましても・・・・」
「学歴は、最低能力の保証という意味だよ」
「最低保証ですか?」
「中卒でもピンからキリまであるよね。高卒でも同じピンからきりまであるよね。
中卒の『ピン』、高卒の『キリ』、どっちが優秀と思う?
ちなみに『ピン』はポルトガル語で”1”、「キリ」は”10”の意味だからね。
「ピン」が最優秀だよ」
「もちろん、中卒の『ピン』の方が優秀です」
「じゃ、中卒の「ピン」と高卒の「ピン」は?」
「それは何とも言えません。中卒であろうが高卒であろうが、優秀な人は優秀なので、一概にどちらが上とは言えません」
「そうだよね。『ピン』の場合は、一流大学でも、二流大学でも、三流大学の『ピン』でも、もっと言えば高卒や中卒の『ピン』でも優劣をつけることは難しいだろうね」
「・・・そうだと思います」
「じゃあさ、中卒の『キリ』と高卒の『キリ』どちらの能力が低い?」
「それは、中卒の『キリ』だと思います」
「私もそう思う。そう考えると『キリ』の能力は、学歴に比例している。
また一流大学、二流大学、三流大学に比例していると言えるだろう。
ハズレ人間を採用しない方法としては、学歴重視は役に立つと思うよ。
先ほどのシグナリング理論は正解かもしれない。
しかし、今回の店長の採用はさぁ。『キリ』の店長探しじゃないよね」
「はい。市場が縮小していく中、従来のやり方にとらわれず、売上と稼働を上げてくれる人間です」
「それは、『キリ』の人間?」
「いえ、『ピン』かそれに近い人間です」
「そうだよね。同じ認識だよね。だったらこの学歴による足切りは?」
「間違っていると思います」
部長は思った。
『前の社長はすぐにOKしてくれたのに、今の社長は理屈が多い』
そのなことはおくびにもださず、部長は「勉強になりました。もう一度考えてきます」と笑顔を作って退室した。
◇
退室する前社長が雇った人事担当部長を見ながら社長は思った。
『たぶん今の店長連中なら、俺に基準を教えてくれと言って、考えることをやめているだろう。
再度考えるというところを見ると、自分の役割を自覚し、能力にも自信があるのだろう。
前の社長は優秀な人間が来てくれたと言っていたけど、少し期待をしてもいいかもしれない』
<解説>
採用における「学歴」は、なるべくハズレを引かないためのツールになるが、優秀者を探すためのツールとは言えない。 優秀者を探し出すためのノウハウは研究しておくことは、将来の会社の発展には大切なことである。
「学歴≠能力の高さ」
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