本当の地域密着店の作り方(実践編)

店舗(パチンコホール)が地域のコミュニティ広場としての取り組みを始めた

関根翔太のコミュニティホール指導回想録

『本当の地域密着店の作り方』の後継本となる予定の連載です。

なぜ、浅沼店も?

 窓の外を見るとダンダン夜の色が濃くなってきている。
「話の流れは分かりました。ところで、なぜ浅沼店なんですか?」
「ああ、そのことね。社長から久米坂店以外にどの店舗を第2営業部に移せばよいか聞かれた時に、 高坂部長が浅沼店の名前をあげたんだ。 どうやら高坂部長としては、星野店長の扱いは、どうも苦手のような感じを受ける」
「えっ、そうなんですか」
 翔太は意外だった。翔太のイメージでは、高坂部長は豪放磊落ごうほうらいらくであり、 部下に対してはあまり遠慮するタイプではない。

「ところで店長の星野さんは、コミュニティホールに関心があるんですか?」
「星野さんとはこれまで一緒に仕事をしたことはないし、 あまり話をしたことがないから、よくわからない。
 ただ昔社長から、星野店長はお客様の接客をやらせたら、 この会社で一番上手いと聞いたことがある」
「そうなんですか。意外ですね」

「確か昔、高坂部長が部長になったとき、店長や主任がホールに出る出ないで、 星野店長ともめたことがあったらしい。
 その頃は新台の運用や出玉などが中心で、店長や主任は計数管理にもっと注力すべき、 という結論になったらしいと聞いている」
 山崎部長は、高坂部長体制になって、現場はリーダー以下に任せ、 主任以上は計数管理に注力するという、非公式なルールが出来上がったいきさつを簡単に説明した。
「星野店長は高坂部長より、古いんですよね」
「古いかどうかは知らないが、星野さんは今年57歳なんで、高坂部長より4つほど上になるのかな。
 以前流通関係にいたらしいから、もしかしたらこの会社の社歴では高坂部長の方が古いのかもしれない」
「私の言うことを聞いてくれるでしょうか?」
 翔太は古参の店長に指導をするというだけで、気が重くなった。
 そのことについては、小泉社長も心配していて、 星野店長に今回のいきさつについて詳しい説明をするとのことだった。
 山崎部長は、社長が段取りをつけてくれるので、後は遠慮しないでやればいいと、 あまり気に留めない様子に見えた。

「そういえば、社長が例の北条真由美先生に、また指導をお願いしたいような話をしていたので、 浅沼店の指導に北条先生が入るかもしれないよ」
「本当ですか???」
「いや案外、お前の指導係としてくるかもな」と山崎部長は冗談交じりで話をした。
 小泉社長がセミナーに参加して以来、コミュニティ経営研究所の深田所長と交流があることは知っている。 そして、研修会にも定期的に社員を出している。
 当然、そこで働いている姪の北条真由美がまた指導に来ることは、想定できる。 でも、北条真由美自体は、叔父のパチンコ業を手伝うのは嫌がっていたので、 どうなるかは微妙なところと翔太は思った。

◇◇◇

「部長、なぜ久米坂店が第2営業部の傘下さんかになるんですか?」
 森川副店長は新規体制の話を聞いて、高坂部長に詰め寄っていた。
 高坂部長は地域視察のついでに久米坂店に寄っていた。
「それは業績が落ちているから仕方がないじゃないか」
「確かに業績が落ちているかもしれませんが、この地域一帯のパチンコ店もみんな同じです。 市場が縮小しているので、それこそしかたないんじゃないですか」
「私もそう社長に申し上げたんだが、社長にはどうもその辺の事情は考慮してもらえなくてね」

「森川、部長に文句を言うのは筋違いだ。
 俺がもっとしっかりホール運営をしていれば良かったんだ」
 太田店長が申し訳なさそうに口を開いた。
「太田店長、そんなことはないですよ。太田店長は頑張られていましたよ。 ただ、機械代も削られて、出玉予算も十分もらえなかったので、 思うような結果が出せなかっただけじゃないですか」
 森川副店長は太田店長をかばった。

「社長にはその辺の話もしたんだけどね。 いきなり久米坂店と浅沼店を第2営業部と言いうことになってしまったんだ」
 高坂部長としては、晴天の霹靂へきれきで、どうすることもできなかったと思っている。
「今の社長はコミュニティホール化を進めている大滝店が業績を徐々に上げてきているし、 山崎部長が指導している大安寺店が地域一番をキープしているので、 コミュニティ化を進めている第2営業部に、移管すれば何とかなると安直あんちょくに思っているんですよ」
 森川副店長は今回の体制は気に食わなかった。 その最たるものは副店長留任であり、自分の後輩にあたる関根翔太が、 店長としてこの久米坂店に来ることに反発を覚えていた。

◇◇◇

 翔太が小泉社長から話を聞いた次の週に、来期に向けての新体制の発表があった。 その翌週に主任以上が本社会議室に呼ばれた。そして小泉社長の新体制についての説明があった。
 その中で、小泉社長は、今期の強化目標として、スタッフの育成とマネジメント力の強化を打ち出した。

◇◇◇   ◇◇◇ 

久米坂店着任

 関根翔太は、久米坂店に着任して1か月が過ぎようとしていた。
 最初の2週間は太田店長との引き継ぎ業務、次の2週間でスタッフ全員との面接を行った。 そして、このホールがコミュニティ化を推進し、地域密着店となることについての説明をした。
 同時に主任以上の人間には、コミュニティ経営研究所のコミュニティ基本講座を受けさせた。

 コミュニティ基本講座の受講レポートを読んでいると吉村主任が事務所に入ってきた。
「店長、おはようございます」
「おはよう」
「研修のレポート用紙ですか?」
「そうだ」  
「いかがですか?」
「みんななかなか良く書けている」
「最近は、みんなレポートを書くのはうまくなりましたからね」
「特に新卒採用者は卒なく書いている」
「森川副店長はどうですか?」
「とりあえず無難なレポートは書いているが、なんとも言えない」
「ところで、浅沼店の様子はどうですか?」
「とりあえず、コミュニティ基本研修には人を出してくれたみたいだけど、 店長自身がまだ受講していない」
「それはまずいですね」

「今日、山崎部長と星野店長がオブザーバーとして、会議に同席することになっているので、その後で話をしようと思っている。
 ところで今日の会議の準備はできている?」
「できています。」
「森川副店長も後5分で到着するとのことでした。尾田主任と西谷主任はもう席についています。 現場は、岡田リーダーと寺島リーダーがいるので、大丈夫でしょう。
 何かあったらすぐに呼ぶように言ってあります」
「分かった。山崎部長と星野店長もそろそろ来られるだろう。それでは会議室に行こう」
 翔太はホールの2階にある会議室に向かった。

 ◇

 翔太が席に着くと間もなく森川副店長が入ってきた。 その後、少し遅れて山崎部長と星野店長が入ってきた。久米坂店の会議参加メンバーは5人。
これが久米坂店の幹部全員だ。 この5人が想いを一つにすることが第一の課題となる。 事前に個別面談をしているので、大きな問題はないと翔太は思っている。

「それではミーティングを始めます。
 今日、みんなに集まってもらったのは、久米坂店のコミュニティ化戦略のスケジュールを確認するためです。
 今回は山崎部長と浅沼店の星野店長がオブザーバーとして参加してもらっています。
皆さんも第2営業部の管轄かんかつになるのは初めてなので、ただの顔合わせと思ってください」
 そういってみんなの顔を翔太は見まわした。
 やはり、部長が同席となると緊張している。
「それでは、第2営業部が取り組んでいるコミュニティホールについて、何か質問はありませんか?」
 誰も何も言わない。
「大滝店か大安寺店に、どんなことをしているか見に行ったことがある人はいますか?」
 尾田主任と吉村主任の手があがった。

 吉村主任は、大滝店から移動してきているので、論外ということで、翔太は尾田主任に発言を促した。
「そうですね。これまでに大滝店に3回、大安寺店に2回ほど行きました。
 最近行ったのは、大滝店でコミュニティ基本研修を受ける前です。 コミュニティホールのイメージを持てたらと思い、行ってみました」

「コミュニティホールのイメージは掴めましたか?」
「そうですね。入って感じたのが、掲示されているポスターやイーゼルの内容が違うと印象を持ちました。
 よくある来店客の『あおり』中心ではないというところでしょうか。 お客様にパチンコ以外の情報でも語りかけていたように感じました」
「他には?」
「やはり、お客様とスタッフの関係が、この久米坂店に比べて、 フレンドリーというか、仲が良く、お客様がリラックスして楽しんでいるように思いました」
「なるほど」

「後は、お客様同士で会話をしている方が、久米坂店に比べてかなり多かったという印象も持っています。 休憩室や駐車場でも挨拶や会話をしている光景を見ました。
 それから、駐車場の花壇にお客様らしい人が、2、3人、話をしながら一緒に水やりをしているのも、 ホールではあまり見たことがないと思いました」
「なるほど、尾田主任の観察視点はいいところをついていますね」
 翔太はそう言いながら、尾田主任はコミュニティホールについて、 比較的簡単にイメージ形成することができるタイプではないかと思った。

 これができる人間は、個々の施策に対して、何のためにやっているか理解が早い。 ちょうど『ジクソーパズル』の完成図を知っていて、ピースの置き場所を探すタイプである。
 逆にイメージを持てない人は、完成図を知らずにひたすらピースを置くので、 自分の施策がコミュニティホールの道を歩いているかどうかわからず、軌道修正が自分でできない。
 翔太は、尾田主任の話を聞いて、彼は前者であると感じた。

「尾田主任が話した内容は、コミュニティホールの特徴の一端です。 これからこの久米坂店も、地域密着店舗としてコミュニティホールへと変革していきます。
 変革にあたり皆さんには、コミュニティ基本講座という研修を受けてもらいました。 これでコミュニティホールの完成イメージと取り組みイメージを持ってもらうためです。
 皆さんは、リーダーや一般スタッフを導く立場になります。 導く立場の人間が、自分が行くべきところのイメージを持っていないでは、話になりません。
 そういう意味で、少し遠いですが、グループ店ですから気軽に見に行き、 コミュニティホールとはどのようなものか、改めで確認しておいてください」
 西谷主任は何やらメモをしていたが、森川副店長は無表情に聞いていた。

        ☜ 前回             次回 ☞

inserted by FC2 system