本当の地域密着店の作り方(実践編)

店舗(パチンコホール)が地域のコミュニティ広場としての取り組みを始めた

関根翔太のコミュニティホール指導回想録

『本当の地域密着店の作り方』の後継本となる予定の連載です。

羊頭狗肉ようとうくにく(休憩室の雑談)

 リーダーの寺島明日葉あすはは、休憩室で休んでいた。
 明日葉は新卒採用の第7期目になる。
就活のときはひどい買い手市場で、なかなか就職が決まらなかった。 行きたかったホテル業界はダメで、とりあえず内定をもらえた企業は、 業界もバラバラで3社あった。
 夢を語る小泉社長の印象が一番良かったということで、このJACを選んだ。 就職が決まったと言ったときは、両親も喜んでくれた。 ところが、パチンコ業界と知るとパチンコをしない父は難色を示した。
 明日葉は、最近のパチンコ業界は昔と違うことを、さんざん説明し、 ようやく承諾をもらって入社した。早いもので2年が過ぎた。

「お疲れ様です」
 アルバイトスタッフの立川洋子が休憩室に入ってきた。
「ご苦労様です」
「さっき事務所に行ったんですけど、店長も主任も誰もいないですね」
「いま会議をしているみたいですね」
 明日葉は、5つ年上の立川洋子に言葉を返した。

「昨日は、子供が急に熱を出して、保育園にお迎えにいかないとダメだったので、 勝手してすみませんでした」
「気にしないでください。お子さんを育てるのは大変ですもんね」
「店長は何かおっしゃってましたか?」
「特にはね。店長もシングルマザーの大変さは知っているんじゃないかしら」
「そうなんですか?」
「た・ぶ・ん!いちいち気にしない方がいいですよ。 今度の店長は、コミュニティに取り組むって言ってたでしょう」
「はい」
「コミュニティって、『同じ目的を共有している仲間』とか『共同体』、 『同士・同志の集団』とかいう意味があるから、 もし、このお店をコミュニティホール、人が集まる広場にしたいなら、 まず、ここで働く人がお互いを思いやる仲間にならないと実現しないと思うの。
 働いている仲間同士が、お互い思いやることが出来て初めて、 お客様に対してそういうことが出来ると私は思っているから」
 そう言って明日葉にニッコリした。

 明日葉はスタッフが仲間意識を持って、お客様に対して最高のおもてなしをする。 そういうスタイルの仕事をしてみたいと思っていた。
 中学生時代に家族で旅行に行ったとき、宿泊したホテルのディナーで、 ホテルからサプライズの誕生日のケーキをもらい、 家族と一緒にスタッフの人が誕生日を祝ってくれたことが強く印象に残っている。
 そのときのスタッフの人達はみんな親切で、心から自分を祝ってくれているのが分かった。 翌朝もいろいろ声を掛けてくれた。

 そして、スタッフ同士が笑顔で、お互いに丁寧な言葉遣いをしていたのが印象に残った。 ここのスタッフさんはお互いを尊敬し合い大切にしている。
 その頃から、どうせ働くなら、お互いが尊敬し合えるような職場で働きたいと思っていた。 そして、仲間と一緒に人と関わり、人を喜ばせるような職業についきたいと考えていた。

「人と人との関係づくりとか思いやりとか言ってるから。 たぶん、今、会議でその話をしてるんでしょうね。
 私としては『羊頭狗肉ようとうくにく』にならなければ、OKという感じかなぁ。
 お客様にコミュニティを作ると言っておきながら、職場にコミュニティがなければ、 そんなものできないと思うから」

「『羊頭狗肉』?」
「羊の看板を出して、犬の肉を売るっていうこと」
「嘘ってこと?」
「それに近いかしら。昔の中国のお話で、せいという国があってね。
 ある時、その国の女性が男装をするので風紀が乱れるって取り締まるんだけど、うまく行かないの。 その時、ある家臣が斉の君主に後宮で女性に男装を許してるから 、たみが従わないって言ったのよ。
 この国は内と外でやっていることが違うからうまく行かないってね」

「へぇー、そうなんだ。コミュニティホールも同じ?」
「私は、そう思っているの。
 だってスタッフ同士が仲間意識持たせられないのに、 お客様に仲間意識を持たせられるわけないじゃないの。
 そう思わない、立川さん」
「それもそうね」
「スタッフが協力し合って素敵なおもてなしをするから、お客様がファンになり、 自分もその雰囲気の中に入りたい、仲間になりたいと思ってコミュニティができる。 自分が満たされているから、他人を満たすことができる。
自分が幸せだから他の人も幸せにしたいと思う。
私はそう思っているの」
 明日葉はそういうと休憩室を後にした。

コミュニティ化と会員管理

 会議終了後、翔太と山崎部長、星野店長の3人が残った。
「星野店長、会議はいかがでしたか」山崎部長が尋ねた。
「・・・」
「初回なので、こんな感じです。この間お話したように、 布石として今日みんなに指示したようなことを行います。 対外的なアクションは経過を見ながら行います。」

「コミュニティホール作りの方向性は、社長から聞いている」
 翔太の言葉に星野店長が応えた。言葉数が少ない。
「星野店長は、まだ『コミュニティ基本講座』を受けられていないようですね。 早急に受けていただくと、コミュニティホール作りのイメージが広がると思うのですが」
と翔太は研修について軽く触れた。
「・・・わかった。なるべく早く受けるようにしよう」

「それと。コミュニティホールを進めていくうえで、 会員管理システムで検証していくことは大切なので、 『会員管理実践講座』も受講してもらうと良いと思います」
「『会員管理実践講座』?」
 星野店長は、俺も受けるのか?というような顔をした。

「そうです。
 コミュニティホール化の施策は、すぐに実績が上がるとはかぎりません。
 正しくても効果が見えないと迷いが生じます。
 店長に迷いが生じると部下に悪い影響がでます。
 だから自分たちのしている施策の効果を、チェックする必要があります。

 会員管理システムでチェックをすると、実行している施策の有効性というか効果を、ある程度診ることができます。
 だから、星野店長も受講しておいた方が良いと私は思います」
 翔太は当然のように奨めた。

 しかし、星野店長の表情は硬い。どうも納得していない。
 このままでは、浅沼店のコミュニティホール化を、 自分たちで確認しながら進めていくというサイクルが、上手く回らない可能性を翔太は危惧きぐした。

「具体的に言えば、いつも私が社長に報告しているのは、 絆会員と呼ばれる6か月連続して来店している会員の数です。 これが順調に伸びていれば、コミュニティのベースが成長していると言えます。
 また、コミュニティ化が進むと、勝てなくても再来店する人の割合が多くなります。 それは勝数別に再来店率を見ればわかります。 その推移を管理することで、コミュニティ化が進んでいるか分かります」
「それは、会員担当者から聞けば済むことだと思うんだが」

「そこです。聞けるのは、コミュニティホール化の指標を把握しているからですよね。
 店長は、経営管理者ですけど、同時に現場の指揮官です。
 会員管理についての概要を把握して、部下に適切に必要データを出させることが出来ないと、 進行している施策実行の善し悪しの判断ができません。
 そうなると実行施策に対して素早く“修正指示”を出すことができません。
 素早い実行の修正ができないとコミュニティホール化は遅れます。

 施策を実行し終えて、結果が完全に出てから、施策の軌道修正をしていては、 短期でのコミュニティホールは困難です」
「短期でのコミュニティホールか・・・」

「そうです。
 それに、コミュニティホールを作るということは、 ホールに根付く“核”となるお客様集団を形成することです。 それは会員を育成するということとほとんど同じです。
 会員を獲得しても、育成できなければコミュニティホールは作れません。
おススメした『会員管理実践講座』は、獲得した会員の育成ステップについても説明しています。
 そういうことを知ってもらったうえで、コミュニティホール化に取り組んでいただくことは、 星野店長の施策の発想を広げます。
 だから、おススメしているのです」
 そう言って翔太は星野店長の顔を注視した。

「森川副店長を、会員担当者にしたのは、そういうことか・・・」
 その言葉を聞いて、翔太は自分が森川副店長に対して含むところがあって、 会員担当者にしたと思われているのだろうかと感じた。
 同時に森川副店長にも、誤解のないように会員データ分析の大切さを、 繰り返し伝える必要があると思った。

「分かった受けるようにしよう」
 やっと星野店長の前向きな返事が聞けて、翔太はホッとした。
「お願いします。
 ところで、この前言いましたように、来週このホールで、小泉社長をお招きして、 コミュニティホール作りのキックオフを行いますが、参加はできますか?」
「私と、主任の宝田と春日も参加させるよ」
「わかりました」

 翔太は店長だけの参加ではなく、浅沼店の二人の主任も参加させるという話を聞いて、 星野店長は案外コミュニティホールについて、関心があるのではないかと思った。
 星野店長が『コミュニティ基本講座』を受けていないことで、 もしかしたら抵抗勢力ではないかと湧いていた疑念が薄らいでいくのを感じた。

「では、それを見てから、浅沼店のコミュニティホール化のスケジュールを一緒に考えましょう」
「了解した」そう言って、星野店長は帰っていった。
 翔太は残った山崎部長とキックオフの段取りと、今後のコミュニティホール化のスケジュールの確認をして、 通常業務に戻った。

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