本当の地域密着店の作り方(実践編)

店舗(パチンコホール)が地域のコミュニティ広場としての取り組みを始めた

関根翔太のコミュニティホール指導回想録

『本当の地域密着店の作り方』の後継本となる予定の連載です。

キックオフ

 翔太は朝からバタバタしていた。
 店をわざわざ休んで行うことに森川副店長は難色をしめしたが、 翔太は敢えて休むことに意義があると思っていた。
 この地区は店休日がないので、全員を集めて話をするためには、 そうせざるを得ない。当然、1日休むので利益は減る。
 しかし、利益を減らしてもやるほど重要なことであること、 つまり店舗の本気をみんなに知らせることができる。
 コミュニティホール取り組みへの最大の演出は、 社長が店舗にわざわざ来て、コミュニティホールについて話をしてもらうことだと思っている。

「小泉社長がもうすぐ来られると思うから、出迎えをする。多分、山崎部長と一緒だと思う。
 吉村主任、もうそろそろホールにみんなを集めておいてくれ」
「了解しました。浅沼店の星野店長と二人の主任は、先ほどホールに案内しておきました」
「OK、分かった」
 翔太は頷くとすぐに上着を着て、駐車場へ向かった。

 小泉社長と山崎部長を出迎え、ホールに入ろうとすると、 小泉社長が店休のポスターに気づいて声を掛けてきた。
「関根店長、これはいいね」
 ポスターには、『本日は店休をいただいて、全員研修を受けています。 明日の私たちに期待してください』と書かれてあった。
「ありがとうございます。吉村主任が用意してくれました。 店休の案内も、お客様との重要なコミュニケーションですから・・・」
 そう言って翔太はニッコリ笑った。

 小泉社長をホール中で一番広いスペースがあるカウンター前に案内する。 全スタッフが集まっている。
 予定時間になったので、吉村主任が号令をかけ、全員で挨拶をした。 すぐに、今回の久米坂店におけるコミュニティホールへの取り組みについて、翔太は簡単に説明した。
 そして小泉社長につないだ。

「改めて、こんにちは、社長の小泉です。 みなさんの中には、初めてお会いする方もいらっしゃるといます」
 小泉社長は、みんなの顔をゆっくり見まわした。

「昔、全国にたくさんの遊園地がありました。 子供は遊園地に行って喜んで遊びました。しかし、その多くは潰れてしまいました。
 昔の遊園地に売りは、ジェットコースターや観覧車、メリーゴーランド等の機械というか設備です。 設備の利用を目的に多くの人を集めました。
 しかし、ある時期から設備を中心とした遊園地には来なくなりました。
 そして、多く遊園地が閉鎖されていきました。

 動物園も昔は流行っていました。動物を見るために子供たちが集まりました。 しかし、ある時期から来園者が少なくなり、ダメになっていきました。

 遊園地は新しい設備に頼り、動物園は珍しい動物に頼りました。
 斬新な設備はコンスタントにできるわけではなく、 珍しい動物もいくらでも発見されるわけではありません。
 その結果、集客力を失って衰退していきました。
 何を言いたいかと言えば、モノに頼るのは限界があるということです」

 小泉社長は大きく息を吸った。そしてゆっくりとしゃべりだした。
「これはパチンコ店でも同じです。 遊技台というモノに頼って集客をしているだけでは、メーカーの衰退とともに、 ダメになっていくのは避けられません。遊園地や動物園のように」

 そう言いながら小泉社長はみんなを見まわした。スタッフは真剣に聞いている。
「しかしながら、例外があります。人が集まる遊園地、人が集まる動物園があります。 代表的なものが、ディズニーランドや旭山動物園です。
 どちらも共通しているのは、モノに頼るのではなく、 自分たちの創意工夫で、モノの魅力を引き出している点です。
 ディズニーランドは乗り物を利用して、お客様にどう楽しんでもらうのかを考えています。
 旭山動物園では、動物の見せ方を工夫して、お客様にどう魅力を伝えるのかを考えています。
 このことから、衰退しないで、勝ち残っていくホールは、台だけに頼らない、 人がいろいろと工夫をするホールであることが分かると思います」

 翔太は話を聞きながら、スタッフの理解度を観察していた。 理解していないスタッフには後でフォローするためである。
「これからは、台の魅力をどれだけ引き出して、楽しんでもらえるか。 ホールを利用して、どれだけお客様に喜んでもらえるか。 こういう人の工夫が、非常に重要になってきています。
 何が言いたいかと言えば、モノが主役の時代から、 ヒトが主役の時代になってきているということです。 この傾向は益々強くなっていくでしょう。 つまり、みなさんの頑張りこそが、このホールを強くするということです」

 ほとんどのスタッフは、メモを取りながら、一生懸命に聞いていた。
「今回、このホールはコミュニティ化に取り組みます。
 それは、みなさんがこの場所で、一人ひとりが輝いてもらうことを、暗黙の前提とした取り組みです。
 みなさんが輝くことで、お客様を照らし、地域を照らし、多くの人から、 『ありがとう』をたくさんもらう為の営業形態が、コミュニティホールと考えています。
 これに参加してもらうことで、みなさんには、 働く喜びや仲間の素晴らしさ、創意工夫の楽しさなどの 貴重な経験を積んでもらいたいと願っています」

 さらに小泉社長は、われわれJACがコミュニティホールに取り組む理由とは何か、 地域に貢献できるホールとはどのようなホールかを語った。
 そして、われわれの社会的存在価値を確立するために、お客様に信用されること、 地域との信頼関係の構築の必要性について、具体的な例をあげながら話が続いた。
 最後に、JACがパチンコホールを地域のコミュニティ広場にするという新しい習慣(文化)を作り、 新しいパチンコ業態の先駆者となること。
 そのために久米坂店は何事も前例にとらわれず、 チャレンジ精神を発揮してほしいということで話が終わった。

 その後、山崎部長がコミュニティホールの概要の話をし、 森川副店長がスタッフを代表して、取り組みの決意表明をした。
 翔太は締めの挨拶をし、社長のポケットマネーで、昼食のお弁当を人数分購入しているので、 そのことを全員に告げ、みんなでお礼を社長に言ってキックオフは終わった。
 昼からは研修となるので、小泉社長は、同席していた接客コンサルタントの梅咲先生に挨拶をし、 後はよろしく頼むということで、山崎部長と一緒に店を出ていかれた。

接客の基本研修

 午後から4時間をかけて、接客5原則に基づく、研修を全員で受ける予定にしている。 翔太は講師と相談し、研修が始まる前に10分間、自分の時間をもらっている。
 定刻時間になったので、吉村主任が挨拶の号令をかけた。 「それでは、まず店長からこの研修会の目的について、お話をしていただきます」 翔太は、ハンドマイクを持って、みんなの前にたった。

「本日の研修は、接客の基本研修です。 すでに受けたことがある人もいると思います。受けた人は手を上げてください」
 数人の手が上がった。ほとんどが社員である。
「ありがとうございます。手を下ろしてください。
 なぜ、このような研修が大切なのでしょうか?この研修をやる目的はなんでしょうか?」
 吉村主任が手を上げようとした。
「吉村主任は知っているからいいよ。吉村主任以外で誰かいませんか?」
 そういって全員を見た。

「ハイ。時間がオーバーするので、答えを言います。
 お客様に好感を持ってもらうためです。
 コミュニティホールを作るためには、皆さんがまず、お客様に信頼を得なければなりません。
 友達になって欲しいと思ってもらわないと、私たちが目指すイノベーション型コミュニティホールはできません。
 寺島リーダー!あなたは、好感を持てない人と友達になりたいですか?
「いいえ。なりたくありません」
「そうですよね。 だから、人に不快を与えない、そして好感をもたれるために、 接客の基本をマスターすることが大切なのです。 ちなみにマスターするとは意識しなくて出来るようになることです」
 翔太は、ゆっくり一人ひとりの顔を見た。

「モノが豊富にある時代の商売には、特にこれが大切です。
 モノがない時代では、好感をもたれなくてもモノは売れます。
 砂漠の真中で自分一人が水を売っているところを想像してください。
 喉が渇いたお客様は、店員に愛想がなくても、腹が立っても、水を買ってくれます。 そうですよね」
 スタッフの何人かが頷く。

「この業界で言えば、もし、パチンコ店がこの周辺に、私たちJACしかなければ、 スタッフの対応に関係なく、パチンコ好きのお客様はうちに来るということです。
 しかし、モノが豊富になると、自分が好感の持てるお店、 気持ちよく買い物ができるお店を選ぶようになります。
 車社会の発達も同じことが言えます。身近に行けるパチンコ店は格段に増えました。 ある意味モノが豊富になったのと同じです。
 この中で選ばれるためには、気持ち良く遊技ができる環境のお店が選ばれます。 気持ち良く遊技をするための重要なポイントの一つが、スタッフに対する好感度です。
 好感度は第一印象が非常に強く影響します。

 心理学者が実験をしてその影響を確かめていますが、人は最初に持った印象の影響を受けやすく、 その後何回か会っても、短時間の接触では、その第一印象は変えられないという結果が出ています。
 さて、これはどういうことを意味しますか?」
 翔太は吉村主任を見た。
「そうですね。例えば、調子が悪いから、今日ぐらい接客が悪くても仕方がない。 と手を抜いて対応すると、その時、初めて会ったお客様は不快を持ち、 その影響は長い間続くということになります」

「ありがとう。1日みなさんは何人のお客様と接触するでしょか。
 ホールに5時間いるとして、知らないお客様に1時間で2人接触したとしましょう。
 1日10人ですね。10人のうちたった一人だけ接客が上手くできなかったとしましょう。
 計算しやすいように、このホールでは早番遅番で1日10人スタッフが出ているとすると 、店舗として1日10人のお客様の印象を悪くしたということになります。
 単純計算で、1年で3650人の印象を悪くするということになります。

 この市は人口が約10万人です。
 今は人口の10%弱がパチンコ遊技者ですから、約1万人がパチンコ遊技者ということになります。
 1年間で、この街のパチンコ人口の3分の1に不快を与えて繁盛店ができるでしょうか?」
 スタッフの何人かが首を横に振った。

一人のスタッフが、知らない客10人中1人だけ、接客に失敗しても、 計算ではたいへんなことになります。 そのことをみなさんに理解してもらいたいと思います。
 1日に一人ぐらい接客し失敗しても仕方がないと思わないでください。  だから、今日の研修を真剣に受けてもらいたい。
 すでに受けて知っている人も、再度初心に帰って受けて下さい。
みなさん分かりましたか?」
「ハイ」多くのスタッフが返事をした。

「それともう一つ大切なことがあります。
 それは接客活動には、『単純接触の原理』というものが関係してきます」
 翔太は、心理学者のザイオンスが発見した単純接触の原理について説明し、 好感をもたれる状態をキープしながら、接触回数を増やすと、 好感度が徐々に上がってくるという効果について語った。

 そして、翔太は、この接客5原則をマスターすることで、 接客業をする基礎ができ、みんなが社会的評価を受けることができるメリットを言及した。
「これは非常に大切なものなので、私も受講します。 もちろん、森川副店長をはじめ役職者全員が受講します。 みんな頑張ってマスターしましょう」
 そう言って、梅咲講師にマイクを渡した。
 

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