本当の地域密着店の作り方(実践編)

店舗(パチンコホール)が地域のコミュニティ広場としての取り組みを始めた

関根翔太のコミュニティホール指導回想録

『本当の地域密着店の作り方』の後継本となる予定の連載です。

上司の能力と部下

 研修が終わって、翔太は帰ろうとしている星野店長に声を掛けた。
「お疲れ様でした」
「関根店長、今日はありがとう。キックオフの進め方など、いろいろ参考にさせてもらうよ。
 それにしても『単純接触の原理』とか、よく勉強しているね」
「そう言われると恐縮します。前の大滝店で社長の姪御さんが指導していたのは、ご存知ですよね」
「北条真由美さん、だろう。知っているよ」
「その姪御さんに鍛えられたんですよ。 ダメ出しを細かくされて、自分がこれまで何も知らずにいたことが分かりましたから。
 その時気づいたんです。
 知りたいと思はないのは、必要な知識を知っているからではなく、 そういう知識があることを知らないからだということを。
 ある意味、無知は強いですよね。
 彼女と出会うまでは、知識に対する不安はなく、なんでも知っていると思ってましたから」
 そう言って翔太は笑った。

「あの頃は、指導をしてる社長の姪御さんを生意気だと、山崎部長によく愚痴を言ってました。 今思うと恥ずかしくなります」
 翔太は大滝店の最初頃の取り組みを思い出していた。

「そこから、勉強したんです。最初は姪御さんの北条真由美さんに馬鹿にされないために。
 そのうち世の中には、経営に役に立ついろいろなことが研究されていたり、 素晴らしい会社がたくさんあることを知りました。
 それから私もなるべく本を読んだり、テレビの経営番組を録画してみたりしています。 それと放送大学も面白いですね。勉強になります」

 外は暗くなっている。スタッフは帰り支度をはじめている。それを目で追いながら、翔太は話を続けた。

「でも、自分はまだまだ勉強不足、能力不足と思っています。
 そして、最近よく思うんですが、自分の能力が上がらない限り、部下の能力は上がらないと。
 同じように役職者のレベルが上がらないと、一般スタッフのレベルは上がるはずがありません。

 今日はスタッフに偉そうに頑張れと言ってましたが、 本当に素晴らしい店を作るためには、自分達、役職者の能力をもっと上げないといけないと思っています」
 翔太は正直な気持ちを話した。

 星野店長は感心したように翔太を見た。
「そうだな。俺も頑張らないといけないな。関根店長みたいに」
 そう言って星野店長は事務所のドアを明け、外に出た。
「それではここで」
 翔太は星野店長を乗せた車が見えなくなるまで、見送っていた。

 ◇クリンリネスの進捗

 キックオフが終わって1週間、翔太はコミュニティホールのための環境整備に追われていた。 浅沼店との同時進行は結構たいへんではあるが、ただ店舗を指導するというより、 自分が言ったことをやって見せることができるので、 指導される立場からすると納得感があるのではないかと考えていた。

 翔太は、浅沼店の星野店長との打合せを終えると、星野店長と一緒に会議室から事務所に戻ってきた。 そして、星野店長を事務所の端のミーティングテーブルに座わってもらった。

「西谷主任、森川副店長も、ちょっといいですか」
 翔太は二人をミーティングテーブルへ呼びつけた。 西谷主任はパソコンでの作業を中断して、翔太の横にやってきた。 森川店長も店内モニター前から移動してきた。
「二人とも星野店長はオブザーバーですので、気にしないでください。 ところで、西谷主任、この間の“クリンリネスの徹底”は進んでいますか?」
「はい、一応」
「会議で話してから2週間ほど経ちますが、進捗具合を聞きたいのですが」
 西谷主任は助けを求めるように森川副店長の顔ちらっと見た。
「とりあえず、店長が出されたクリンリネス徹底の方針は伝えてあります」
「何と伝えたんですか?」
「コミュニティホールを作る上で大切なことであり、掃除をこれまで以上にきっちりするように言いました」
「それで?」
「みんな今まで以上に頑張って掃除をしていると思います」
「それだけですか?」

 西谷主任は何を訊かれているのか戸惑っていると、森川副店長がフォローの声を掛けてきた。
「西谷主任は、言われたその日のうちに早番と遅番に分けて 、クリンリネスを強化することについて伝えていました。 西谷主任の行動は早いですよ」
 翔太は森川副店長の顔見て尋ねた。
「それでクリンリネスが向上しますか?」
「これまでより良くなる思いますけど」
 森川副店長は、少しムッとした表情をした。
 それを見ながら翔太は昔の自分を思い出していた。

・・・・・・◇・・・・・・
 おそらく北条真由美ならこう言うだろうな。
『だから、ちっともクリンリネスが向上しないのが、わからないのかしら。 ただメッセージを伝えるだけで良くなるのでしたら、メールがあれば十分で、 中間管理職はいらないんじゃないのかしら?ねぇ、関根主任』
・・・・・・◇・・・・・・

 翔太は、仕事のやり方がまずいことを指摘するより、 自分で気づいてもらいたいと思い、西谷主任に質問を続けることにした。
「クリンリネスの目的を尋ねます。何でしょうか」
「それは、店の内外をきれいに保ち、お客様に気持ちよく過ごしてもらうためです」
 西谷主任は応えた。
「その上位目的は何ですか」
「・・・」
「お客様にお店の歓迎の気持ちを表すというものです。 コミュニティ基本講座で、非言語コミュニケーションについて習いましたよね。 必要条件の2つ目です」
「なんとなく、記憶に残っています」
「それを意識してクリンリネスに取り組んでもらう必要があります。 汚れたドアを見た後、どんなにお客様にニコッと笑って、 『いらっしゃいませ』と言ったとしも、歓待の効果は出ないですからね。西谷主任、いいですね」
 西谷主任は頷いた。森川副店長は無表情で翔太を見ている。翔太は気にせず話を進めた。

「では聞きますが、このホールでクリンリネスの状態が、ホールの歓待の気持ちにそぐわない、 と西谷主任が感じる問題の箇所はどことどこですか?」
 翔太が黙っていると西谷主任が苦し紛れに答えた。
「何か所かあります」
「例えば?」
「えーと、ドアの取っ手が汚いとか、台の汚れがあるとか・・・」
「そういうものに対して十分な対策はしてないのです?」
「しています」
「では問題とは言えないのではないですか?」

 西谷主任は黙った。すると森川副店長が言葉を入れた。
「窓の高いところが曇っているとか、天井の空調周りが汚いとかですか。 そういうものは日頃の掃除ではしていないけど」
「対応していないクリンリネスで気になるところが“ある”といことですね」
「でも、そんなところまでやるの?」
 森川副店長はありえないというような顔をしている。
「お客様がどう思うかです。基準はお客様目線です。 お客様がそれはダメだと感じたら、ダメなのです」
「あのーぉ、看板も古くなりましたが、それもですか?」
 西谷主任が訊いてきた。
「お客様がそれを見て、歓待されていないと感じれば、それも問題となります」
 森川副主任は横で憮然として聞いている。

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