本当の地域密着店の作り方(実践編)

店舗(パチンコホール)が地域のコミュニティ広場としての取り組みを始めた

関根翔太のコミュニティホール指導回想録

『本当の地域密着店の作り方』の後継本となる予定の連載です。

 ◇◇◇5月の社長報告

 月初めの定例店長会議を終えて、翔太は本社の事務所に来ていた。
 一応コミュニティホール推進室の室長ということで、事務所の空きデスクの一つが室長用として、翔太にあてがわれている。 そこに荷物を置いて、資料の整理をしていた。
 4時から小泉社長と山崎部長へのコミュニティホールの推進状況を、報告するということで時間ももらっていた。 しかし、時刻はすでに4時半になろうとしていた。
 仕方がないので、メールでも確認しようと思った矢先に、小泉社長と山崎部長がエレベータホールから事務所に入ってきた。
「関根店長、待たせたね」
 そう言いながら、社長室に入るように小泉社長は目くばせをした。
 翔太は慌てて、ノートパソコンを閉じて、山崎部長の後に続いた。

「遅くなってすまなかった。高坂部長との話が長引いてね」
「本町店の近くのデルジャン店の大型の改装に対する対策ですね」
「本町店と僅差で3番店になっているので、大型改装で一気に巻き返す狙いだろう。 それをいかに阻止するかが問題なんだが、おそらく一番店のマルナムが黙ってないから混戦になる・・・」

 本町店はグループ店の中で台数規模は一番大きく、 稼働が低迷すると会社としては、かなりの打撃を受ける。 小泉社長としても、何としても今の地域2番店はキープしてもらいと思っているが、 どこのホールも稼働を上げたい気持ちは変わらない。
 しかし、昔と違ってこの戦いは、直接のお客の取り合いなので、投資に対する効率は非常に悪い。

 会議で本町店の川田店長は、競合店の大型リニューアルに対抗するために、 新台予算と出玉予算をかなり要求してきた。 それに対して、小泉社長は費用対効果が明確でないと突っぱねた。
 しかし、高坂部長はこれまで予算が不十分だったので、うまく行かなかったと主張し譲らなかった。
 これ以上の話は、会議に支障がでるので、後で話をしようということで、 会議終了後、社長と両部長に本町店の川田店長の4人で話をしていた。

「まあ、本町店のことは高坂部長に任せるしかない。 ところで関根店長はどうなんだ。コミュニティホールの推進は順調か?」
 小泉社長は、お茶を飲むと頭を切り替えて、翔太に報告を求めた。

「まず、久米坂店ですが、4つの布石を打っています。 1つが機種構成の見直し、これは私がやっています。 次に、クリンリネスの徹底。3つ目に基本接客の徹底。4つ目が会員化の強化です。 今のところは順調です。3人の主任も素直に従てくれています。」

「森川副店長はどうなの?」
「副店長は少し不満があるようですね。 それと、なんでも主任たちを庇う姿勢を見せるので、それが指導の妨げになっています」
「どういうこと?」
「コミュニティホールを作っていくのは、従来の仕事より、仕事の中身のレベルが問われます。 例えば会員募集の例を挙げると、以前は会員募集という行為をしていればよかった。 会員が取れなくても、そんなもんだろという感じでした。」
「それで・・・」
「この状態では、いつまで経っても会員化は進みません。 でも会員募集をしていることで、頑張っている。 あるいは会員が取れないと限界が来ている。
 そういうスタッフの報告を鵜呑みにして、これ以上の改善は難しいという固定観念を作っています。
 だから改善を要求すると反射的にみんな頑張っているのだから、無理は言うなというような感じですね」

「それで、関根店長はどうしてるの?」
「まず、何のために会員募集をしているのか、明確にしています。
 次に、その目的を達成するためには、どれだけの会員を獲得しなければならないのか、考えさせています。
 そして、実態を調査させて、それに基づいて具体策を考えさせるようにしています」と翔太は答えた。

「その辺の習慣は、北条先生に関根店長はみっちり仕込まれたんだったな」
 小泉社長は、少しニヤッとした。
「本当にそのお陰で、目的的に仕事をする習慣が、身に付いたと思っています。 その中で、仕事の仕方には、レベルがあると気づきました。
 そして、うまくいかない場合、施策よりもまず、データや事実に基づいて原因を考えるようになりました。
 今更ですが、改革を進めていくためには、こういう思考の役職者が増えていかないと、 厳しいパチンコ業界を勝ち残っていけないと思っています」
「関根店長は、主任の頃と比べると本当に変わったな」
「以前がだいぶ頼りなかったのだと思います」
 そう言って翔太は少しだけ謙遜した。

「この思考方法を、ミーティングを通して、伝えようとしているのですが、 森川副店長はどうも私が重箱の隅をつついていると思っているらしく、 妙に西谷主任や尾田主任をかばうんですね。これがちょっと辛いですね」
「確かに、今まで突き詰めて考えるということは、あまりしなかった。
 以前はそれで十分やっていけたし、あまり厳しくすると辞めてしまうかもしれないとも思っていた。 これではマズイと思い始めたのが10年ぐらい前になる。
 JACが普通の企業として一流になるためには、なるべく良い人材を集めなければと思った。 それが新卒採用を始めた理由だが、関根店長が立派に育ってくれたお陰で、方針は間違いなかったと思っている」
 そう言うと小泉社長は微笑んだ。

 今期の『マネジメントの強化』という方針を打ち出したのは、 翔太が久米坂店で実行しようとしている、何事に対しても目的をもって、 その達成を確認し、仕事の精度を上げていこうというものであった。
「関根店長、森川副店長を店長に育てないと、新しい店ができることになっても、移動できないぞ。 そういうことになると困るだろう?ここが頑張りどころだよ」 と山崎部長は陽気に翔太に言った。

 それを聞いていた小泉社長が急に真顔になった。
「ところで、関根店長、森川副店長にコミュニティホールができる能力がなければ、 今後のことを考える必要が出てくる。もし、見込みがないなら早めに言ってくれ」
 小泉社長は急に声のトーンを落とした。
 翔太はできることなら、森川副店長が育ってくれるのが一番良いと思っている。 それについては、しばらく様子を見て欲しいと社長に頼んだ。


 翔太は続いて浅沼店の報告をしようとしたが、小泉社長の携帯電話が鳴ったので、 社長が席を外し、トイレ休憩となった。窓の外は雨で暗くなってきている。
 しばらくすると小泉社長が戻り、翔太は浅沼店の指導状況について報告をした。
「お陰様で、社長の事前のお話が功を奏しているのか、 星野店長はコミュニティホールの推進に対しては反発をすることはなく、 宝田、春日の両主任を巻き込んで、少しずつ確かめながら、進められています」
 翔太はこれまでの経過を報告し、 基本的指導方針として星野店長たちには、久米坂店での成果を確かめてもらいながら、 自分達で浅沼店に合った進め方でやってもらう予定であることを伝えた。

 そして、マネジメントのやり方を、変えてもらわないといけないので、 近くということもあり、毎回レビューの時には、立ち会ってもらうようにしていること伝えた。
「そうか、星野店長と今日、会議の前に少し話をしたよ。

 星野店長は、関根店長の進捗会議のやり方に感心したと言っていたよ。 昔、大手のスーパーで働いていたから、マネジメントに対する関心が元々高かったのかもしれない。
 とりあえず第2営業部には頑張ってもらい、 大滝店のコミュニティホールが特殊なものだという社内イメージを払拭してもらいたい」
 そう言って小泉社長は笑った。

 ◇◇◇翔太の懸念

 小泉社長と別れた後、翔太は山崎部長と今後の利益計画とスケジュールを確認していた。
「山崎部長、久米坂店はこれから利益的には厳しい状態が2,3か月続くと思いますが、大丈夫ですか? 浅沼店も、コミュニティ推進の初期段階には、お客様の入れ替わりが予測されるので、 同じように利益を上乗せすることはできなくなると思います。
 その辺の事情は、直接利益計画に関与している部長はよくご存じと思いますけど・・・」

 翔太はコミュニティホールの初期段階では、利益を無理に取ることを避けたいと思っている。 愛想を良くして、一人のお客様から多くのお金を取ることになると、まるでブッタクリバーになってしまう。 それではお客様との信頼関係は築けない。
 そこで一番懸念するのが、グループ店のどこかが利益計画を大きく狂わせて、そのつけを押し付けられることである。
 せっかく年間計画で、お客様動向を予想し、信用と稼働を付けるためのストーリーを書いているにも関わらず、 帳尻合わせのために急に利益計画を変更させられるのは避けたいと思っている。

「関根店長が懸念しているのは、第一営業部の動向だろう。 特に本町店の競合店対策とその着地点がどうなるか、それが心配なんだろう」
「そうです。今日の様子では、新台入替と出玉で勝負をしそうなので、 他のグループ店に負担をかけるのでは、と思ったんですが・・・」
「高坂部長の話では、改装後のデルジャン店や競合店の攻勢は想定しているので、 ある程度予算は確保してあるし、基本的に第一営業部内でやれると言われていた。 でも、万一があるので、その時は追加予算を考えて欲しいとのことだ。 部の規模が小さくなったので、それは仕方がないかもしれない。
 高坂部長としては、本町店の川田店長を応援して、 この機会を積極的に利用して、あわよくば地域一番店を狙いたいと思っているのだろう」

「もしかして、高坂部長は、新店が遅れているので、 そのキャッシュを一時期本町店に流用したいのかもしれませんよ」
「そこまでは思っていないだろう」
「小泉社長はなんと言われたんですか?」
「基本的には、物量戦になるとJACとしては分が悪いということで、ノーと言われていた。 でも、高坂部長に、このままでは本町店が3番店あるいは4番店になりますが、 構わないのですかと言われて、考え込まれていた」
 その話を聞いて、小泉社長としては、お客様が減って店舗のイメージが崩れるのを懸念されているので、 本町店はJACの中でも最大級の店舗でもあるし、なんとしても死守される可能性が高いと翔太は思った。

「高坂部長と川田店長は、本当に勝算があるんでしょうか?」
「何とも言えない。デルジャンの本町店は、あの会社の基幹店舗だから、あっさり引き下がるとは思えない。 そうなるとマルナムの本町店も地域一番を守るために必死に頑張るように思える」
「部長、もしかしたら高坂部長は、デルジャンが閉店している間に、 利益を取ろうとしているのではないですか?」
「自己調達をある程度すると言われてたんで、そうする可能性は大きいだろう」
「そうなるとパチンコユーザーを結構傷めますね」
「デルジャンはどうですか。大型改装前に利益を確保しにきているのではないですか」
「おそらく、そうだろう。この間見に行ったが、お客さんがかなり減っていた。厳しい営業をしていると思うよ」
「マルナムも厳しい営業をし始めたら、お客様は動きますね」

 翔太の頭の中では、厳しい遊技を強いられたお客様が、デルジャン改装オープン後、 回収をはかるために、出玉が多い店を回遊する姿が目に浮かんだ。 そして、各店がそのお客様を取り合い、出玉合戦をし、最終的に疲弊していくイメージが脳裏をかすめた。

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