◇遊技機勉強の意義
「尾田主任。理屈は分かるが、スタッフに勉強させる時間なんか取れないだろう。 もし教えるとすれば準備に時間がかかる。 それとも尾田主任は暇を持て余しているのか? スタッフも勉強させために時間をとれば、その分残業代が発生したりする。 経費削減は企業努力としては当たり前だ。尾田主任はそんなことも分からないのか!」
森川副店長の言葉がだんだん激しくなってきた。 これでは、せっかくの尾田主任のやる気の芽を摘んでしまう。 それにその理屈でいけば、コミュニティホール化のための新たな施策を行うということは、イコールスタッフの時間を消費する。 つまり経費をかけるということになる。 そんなことを言い出せば何もできない。 これはマズイと翔太は思った。
「森川副店長、副店長の発言内容はもっともです。そういう制約条件があるということですね」
そう言って翔太は森川副店長の言葉を切った。
「尾田主任、森川副店長が心配していることは分かったと思います。
しかし、マネジメントの世界では、昔から制約条件は解除の対象と言われています。
何かがあるからできない、と考えるのではなく、そのできない理由を如何に解消するかを考えることが重要です。
時間がないなら、如何に時間を作るかと言うことですね。
手間がかかるなら、如何に手間をかからなくするか、ということです。
とりあえず制約条件の解除については後で考えるとして、尾田主任はどうしたら良いと思ったんですか?」
尾田主任はまず、パチンコをしたことがないスタッフに店休日か、閉店後を利用してパチンコ打たせること。 そうしないと、お客様に対して、感情移入もできないと話した。
次に、台について知っておくべき話を役職者が準備して、それをまとめて覚えてもらうようにする。
例として、まずスペックなどの基本から始まって、次に大当りついての見過ごせない情報、
スロットで言えば天井、パチンコでは潜伏などがあるモード情報などを挙げた。
そして大当りに関連ある演出とそうでない演出の見分け方。
最後に、関連雑学として、コンテンツ情報。メーカーの苦労話。
パチンコユーザーの評判など。
「要するに、遊技台を通して、勝のサポートができる、あるいは雑談ができるレベルの商品知識の習得です。 テストか何かで知識を試そうと思っています。最低は60点とし、それ以上を目指してもらうようにすればと考えています」
「なるほど、それでリーフレットはそのまま?どうするの?」
「リーフレットは、お客様とスタッフのコミュニケーションのツールになるようにすればと考えました。
例えば、基本的なことは今まで通りとして、それ以上のことがある場合は、スタッフに訊くよう仕向ければ、自然な会話ができるかなとも思いました」
尾田主任は考えが十分まとまっていないが、いい機会なので、とりあえず問題提起をしておきたいというようであった。
翔太はその考えを聞いて悪くない、試す価値があると考えた。
掃除と挨拶、それに加えて遊技台でのコミュニケーションが出来れば、スタッフとお客様の関係は近くなる。
尾田主任が話し終わると、森川副店長がすぐにまた反応した。
「尾田主任がやりたいことは分かったけど、今はスマホでどんな情報でも受けられる時代だよ。
そういう情報を受け取る手助けをした方が良いんじゃないかな。
この間、Wi-Fiを強化したでしょう。
リーフレットに有力な情報収集先を載せたりすれば、情報を検索しやすくなる。
それもお客様サービス強化になるだろう」
「森川副店長ちょっと待ってもらえますか」
すぐに翔太は森川副店長を止めた。
森川副店長は『コミュニティ基本講座』に行って、居眠りでもしていたのかと、翔太は思った。
「今、尾田主任としている話は、お客様に対する遊技機情報の提供の話ですが、
その上位目的は、コミュニティホール、お客様との関係づくりです。
それを築くための有効な情報の提供という大前提を、みなさんも忘れないでください」
そう言って敢えて参加メンバーを見渡した。
そして問いかけた。
「マス情報で、お客様はお店のファンになりますか?」
「なりません。『コミュニティ基本講座』で習いましたが、
お客様はその台のプロになるかもしれませんが、お店には居つきません」
吉村主任が答えた。
「その通りです。マス情報では人の感情は動きません。
人は親切に教えてくれた人に対して好感を持つ、というクセというか、心理的傾向があるのは分かっています。
しかし、マスにはこの“人”の部分がありません。
好意を寄せる“人”がいないので、好感は発生しません。
逆にスタッフが勉強して、お客様にいろいろアドバイスをして教えると、お客様はスタッフに好感を持ってくれます。
関係ができます。ファンになる確率が高まります。
コミュニティホール作りをする場合、それは非常に重要なことです。
なぜなら、それはコミュニティづくりのベースになるからです。
それに同じコミュニティに属するなら、自分の好きな人がいた方が良いに決まっているからです」
翔太は、それ以外にも心理学でいう『権威』が生まれるなどとして、尾田主任の案を積極的に支持した。
「尾田主任、この遊技機の問題は、1店舗というより、効率を考えると第二営業部、
あるいは会社で取り組んだ方が良いと思うので、山崎部長や小泉社長と相談します。
当面は大滝店でも似たようなことをやっているので、田所店長に相談して、使える情報があれば収集しておいて下さい。
今日中に私から田所店長には連絡を入れていきます」
翔太は効率的にコミュニティホール施策を進めるための機能を、
本社に持っても良いのではないかと漠然と考えていた。
◇
「それでは引き続き、尾田主任、『設備アンケート』の段取りを、簡単に報告してもらえますか」
そう言って翔太は尾田主任に発言を促した。
尾田主任は、アンケート内容の説明と、設備アンケートのためのポスターについて説明した。
アンケートの内容は、西谷主任が作ったクリンリネスのチェック表を参照し、
改装の対象となる外装などについて、敢えてお客様の意向を聞くようになっていた。
翔太はアンケートを見ながら、お客様と一緒に作る店舗という演出を、十分考えて作成されたことに満足していた。
このアンケートは、ある意味お客様の意識を一定の方向に誘導するように作られている。
予定通り改装すれば、アンケートで外装が気になると答えていた人の意見を聞いたことになる。
良く考えられている。
事務所で簡単なアドバイスをしただけで、的確に施策をまとめ上げてくる尾田主任にセンスの良さを翔太は感じた。
報告の後、雰囲気を変えるため2回目のトイレ休憩とした。