本当の地域密着店の作り方(実践編)

店舗(パチンコホール)が地域のコミュニティ広場としての取り組みを始めた

関根翔太のコミュニティホール指導回想録

『本当の地域密着店の作り方』の後継本となる予定の連載です。

◇◇◇ 新しくなった景品売り場

「店長、かなり景品売り場の雰囲気がかわりましたよ」
 リーダーの明日葉が、様子を見に来た翔太に声を掛けてきた。
「以前は競合店とあまり変わりが無かったのに、今は雰囲気が全然違いますね」
 翔太は笑って頷いた。
「この防災コーナーなんか、私でも家に買っておいて起きたものが一杯ありますよ」
 そう言って、明日葉は展示した商品を改めて手に取った。
「こっちの防犯コーナーも、女の子なら是非持っておきたいし、そこの安全コーナーなんか、自転車で打ちに来ている中島さんや里田さんに、是非買ってもらいですよ」
 翔太も思った以上に、自分でも買いたいと思ったものが揃えられたので目を細めた。
「それに、この感謝グッズ、かわいいですね。この猫の瞳に見つめられていると、なんかホンワカします」
「寺島リーダー、あまり触り過ぎて、オープン前に壊さないでよ」
 翔太は猫の置物を撫でまわす明日葉に思わず声を掛けた。
「店長、それくらい分かってますよ」と言って、明日葉はまた別の景品を物色していた。
「ところで、寺島リーダー、POP作成は進んでいる?」
「いま、あっちで書き始めるところです」
 そう言うと、明日葉はみんなが集まっている作業机を指さした。 翔太が近寄っていくと、吉村主任が一般スタッフにPOPの書き方を指導していた。

 ◇

「これまでは、商品に交換玉数、交換メダル数の札だけを貼っていました。 お客様は、商品とそれを見て、一般景品に交換するかどうか判断していました。これって買う気になりますか?」
 吉村主任は集まっているスタッフに声を掛けた。
「ならないから、ほとんどの人が特殊景品を買うんじゃないですか」
 アルバイトの坂下が発言した。
「そうですね。みなさんに重ねて質問です。以前の景品を見ていてワクワクしましたか?」
「別に楽しくありませんでした。だって私、パチンコ店の景品を見ても欲しいものがないんです。それになんかどこの店舗も同じですし・・・」 と長谷川凛が吉村主任に答えた。
「百歩譲って、長谷川さんの興味のあるものがあったとして、値段だけ書かれている場合はどうですか?ワクワクしますか?お店の人の想いを感じますか?」
「ワクワクしないし、想いも感じません」
「みなさんもそうですか?」
 ほとんどのスタッフが頷いた。
「このホールが目指しているのは。コミュニティホールです。コミュニティは仲間の集まりです。 仲間になるためには相手を思いやる心が必要です。逆に言えば、相手を思いやる心が伝わらないと、仲間意識はできません。」
 そう言って吉村主任は集まっているスタッフを見まわした。ちょうどその時様子を見に来た翔太と目が合ったので、少し頭を下げ、話を続けた。
「今回、みなさんの意見も参考にしながら、全面的に景品を入れ替えました。 そして、いま手分けをして、みんなで景品を並べました。並べているとき、みなさんは嬉しそうでした。 でも、並べて交換玉数やメダル数の札を貼っただけでは、その景品に対する想いは、相手つまりお客様に伝わりません」
 結構みんな真剣に聞いている。
「そこで、その想いを込めて、POPに商品の良さ、価値、選んだ理由を書いて欲しいのです。 そして、なぜこれをおススメするのかを書いて下さい。表現は失礼のないものであれば大丈夫です。自分のキャラを出しても大丈夫です。 例を参考にしながら作成してください。できたら私に持ってきてください」
 吉村主任は、自分が作成したPOPをいくつかみんなの前に見せ、いきなり翔太に振ってきた。

「ちょうど店長が来られましたので、見本を見せていただきましょう。お題は、この防災グッズの『笛』です」
そう言って、笛を持ち上げ、翔太を見た。みんなの注目が集まった。
 翔太は一瞬無茶をすると思ったが、受けて立つことにした。
「はい、みなさん、吉村主任が言ったように、このお店はコミュニティホールを目指しています。 この笛ですが、なぜ買っていただきたいか、なぜ買うべきなのかを、自分の経験の中から話をすることになります」
 翔太は前置きをしながら考えをまとめた。
「以前、MHKの震災番組で、ある人の体験談を聞きました」
 翔太は目を閉じて、少し間を取った。スタッフのざわめきが収まった。翔太は目を開けた。
「それは、お爺さんの話でした。 家が倒壊し、自分と孫が下敷きになってしまったんですね。 身動きが出来ない。助けを呼ぼうとして、声を出したが、すぐに声が枯れてしまった。 そのうち火が回ってきたのが分かった。このまま孫と二人で焼け死ぬのかと観念したんですね。 でもその時、間一髪自衛隊が近くに来たのが音で分かった。助かると思った。
 しかし、咽喉が枯れていて声が出せない。結局、運よく見つけてもらうのを待つしかなかった。運が悪ければ死んでいた。
 もし、あの時、“笛”があれば、もっと早く、確実に救助されていたかもしれないとね。 その話を聞いて私は、万一の場合、あなたやご家族の命を守ってくれる、この笛を買ってもらいたいと思ったのです。という感じかな」
 アルバイトスタッフは結構真面目に聞いている。
「そこでこの商品のPOPの一番上に、『命の笛』とでもキャッチを書き、『震災体験者が語った防災時の必需品です』と副題を書き、 スペースがあれば、今の話を要約して載せます。というところで、吉村先生、いかがでしょうか?」 そう言って翔太は吉村主任を見た。

「はい、ありがとうございます」
 吉村主任が拍手をし、スタッフもつられて拍手をしてくれた。
「要領的には今のような感じです。それではみなさん、お願いします」
 吉村主任の号令で、とりあえずみんな書き始めた。
 翔太はしばらく、スタッフの書き方を見ていたが、後は吉村主任と、寺島リーダーにまかせて、外装工事の進み具合を見るために外に出て行った。

 翔太は、今回の改装工事で、トータル的にコミュニティホールという形が出来上がると思っている。 クリンリネスの徹底で、外観的に歓待の姿勢に対する違和感は無くなった。そして、店内も同様に歓待を感じる。 休憩室の改修で、コミュニティホールとしてハードはそろった。 食堂もコミュニティの形成を意識したものになり、景品の品揃えもコミュニティのパーツの一つとして、役割を果たすものになった。
 これまで行ってきた運営と合わせると、現時点でもコミュニティホールと打ち出しても、違和感はないだろうと思った。 後はスタッフがもっと参加してくれて、交流会の数をもっと増やしたい。 翔太は外装工事を見ながらそんなことを考えていた。

◇◇◇ コミュニティと信用(4回目スタッフ研修)

 スタッフ研修も4回目になると受講するスタッフも慣れたものである。 ゲーム的なチームビルディングは和気あいあいとして終わり、感動ストーリーを題材としたディスカッションも終わった。 ここでトイレ休憩をとった。

 研修会を再開した翔太は、スタッフ全員に対して、再度、今回の改装の目的を話した。
「今回の改装の目的は、このホールをハード的にもコミュニティホールにし、これまでみなさんが取り組んできたソフトとの整合性を取るためです。
 簡単に言えば、みなさんがレジャーに行くと考えてください。 例えばディズニーランドへいく。そこで乗り物に乗って遊ぶ。 しかし、来ている服が背広だったら違和感がありますよね。 やはり、それなりの服を着ないと違和感がでる。 だから、みなさんは事前にレジャー用に服に着かえるということになります。そうですよね」
 翔太はゆっくりみんなを見て、頷くのを確認した。
「これが今回の改装です。コミュニティホールだからコミュニケーションを重視する。 それはみなさんが、お客様と会話をするだけに限りません。 そういう会話ができる環境をどれだけ整えるかです。 休憩室はゆったり一人でくつろげるから、見知った人と会話ができるようにテーブルと椅子を変えました。 コミックを読む人は、基本的にひとりで読むので、カウンターコーナーで読んでもらうようしています。 ホールもひとりで座る椅子は、単体で置かず2つ以上並べています。そして長椅子を増やしています。
 食堂も見ていただくとわかりますが、食べ物を提供するというよりも、食堂で食事を楽しんでもらい、 シェフと会話がしてもらいやすいように、味気ないテーブルとイスを無くし、木製でリラックス感を促すものにしています。 礼節はいりますが、みなさんも横に座って会話をしてもらってかまいません。 なぜなら、お客様もみなさんも、同じ仲間というのが、このホールの考え方ですから。 但し、長話は厳禁ですよ」
 スタッフの何人かが頷いた。

「メニューの表示も大幅に変わっています。 これまでは名前と価格を書いたポスターが貼ってあっただけでしたが、名前と料理に対するコメントというか思いを載せています。
 例えば、『山菜定食』が、『新鮮山菜おススメ定食』となり、その下に解説が短く、 『ダイエットという言葉が気になる人におすすめの低カロリー定食ですよ。自分の娘で試しました』と書いてある。 遠山さんはかなり太っているので、説得力がありません。だから娘さんを利用しています。」
 スタッフから笑いが漏れた。

「改装前に、新メニューの半額試食券をみなさんに配ってもらっています。 ただ単に『山菜定食』より、工夫した名前や解説があるとお客様との会話ができますよね。 おそらく遠山さんも、お客様と会話をする機会が多くなると思います。 コミュニティホールにふさわしいと思いませんか?」
 スタッフの多くが頷いた。
「こう考えると、コミュニケーションとか会話とかは、総合的なものだと気づくと思います。 会話のネタがいたるところにあると、人は自然に言葉を交わすようになります。
 昨日も頑張って景品のPOPを書いてもらっています。 ただの商品と貯玉交換の札だけと会話のネタにはなりにくいですねぇ。 よほどその商品にお客様の思い入れが無いと。
 でも、みなさんが作ったPOPがあればどうですか?商品のことも分かるし、みなさんの想いも分かる。 会話のネタは転がっているので、それも基にあなたたちが話しかけたりできますし、お客様もみなさんに話かけやすい。違いますか?」
「声を掛けやすいと思います」スタッフの一人が応えた。
「そうですよね。それはポスターやイーゼルでも同じことです。 改装前に尾田主任が1コーナーだけ、リーフレットをお客様に改めてPRしたのは、みなさんも知っていますよね。 お客様からの台についての質問が出ました。あれも、会話を促す施策ですね」
 また、何人かが頷いた。

「お客様が、スタッフとの会話を楽しむようになると、どうなるでしょうか?」
 翔太はゆっくり全体を見まわした。
「安心感が出てきます。ここが自分の居場所と思うようになります」
 何人かがなるほどという顔した。
「しかし、そうなるためには、ここのスタッフが属している組織は信用できると思ってもらう必要があります」
 スタッフは翔太の顔を凝視した。
「こういうお客様との信用を築く活動に、すでにみなさんには取り組んでもらっています。 それが、店外掃除であり、朝の健康体操であり、朝市、廃棄野菜問題の取り組み、市民救命士講座であり、豆の木パン工房の支援です。 それから、明日告知しますが、来月に行う認知症の講習会もこれにつながります。
 つまり地域密着で、地元の方に貢献するという活動です。 この活動を通して、安心できる組織なので、そこで働くスタッフと親しくしても大丈夫です、というサインを出しているということができます。 店舗として会社としての安心感を提供しています」
 翔太はみんなの顔を見た。
「スタッフの中には、なぜパチンコ店がこんなことまでやるのか、と思ったこともあるかもしれませんが、目的は地域の人から信用してもらうためです。 店舗が信用されると、そこで働く人は信用されます。 そして、そこに遊びに来る人も、変な目で見られることは少なくなります。 つまり、周囲の人の目を気にせず来店しやすくなります。 実際、朝の健康体操のメンバーは、パチンコをしない人が3分の1ほどいらっしゃいます。 その人達が、この店があって良かったと言われているのを、みなさんも聞いていると思います」
 朝の健康体操に参加しているスタッフが頷いた。
「店舗が信用されると、ニュースレターにも書きましたが、みなさんがここで働いて『良かったね』と言われるようになります」
 みんな真剣に聞いている。
「最終的に、地元の人から、この店舗やスタッフのみなさんを『人生をポジティブにいきるために必要なパートナー』と認めていただくことです。 みなさんの努力がここにつながるようにしていきたいと思っています」

 この後、各主任が取り組んでいる活動報告を、スタッフに向けて行った。 また、尾田主任から今後このような活動を発展させるために、地域とのつながりが深い地元アルバイトスタッフの協力がないとできないので、力を貸して欲しいとお願いをした。

 最後に、翔太は明日からの営業に備え、スタッフの思い違いを無くすために、出玉営業の実態について説明した。 そして明日、お客様の中に出てないとか言う人がいたら、その人はオープン狙い客なので、競合店へ行かれることをおススメするように言った。 加えて、手に余るなら主任以上にすぐ応援を求め、みなさんは、これまでのお客様との関係づくりに専心するように指導した。
 研修は予定時間より15分延長したが、無事終わった。

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