◇◇◇ 二回目の陣中見舞い
爽やかな秋空を見ながら、森川は車を走らせていた。
認知症講習会も盛況のうちに終わった。
久米坂店の稼働は、22000アウトを下回ることもなくなり、徐々にではあるが、稼働がまだ増えている。
森川副店長は、久しぶりに陣中見舞いをしようと、豆の木パン工房のパンと山口饅頭堂のおはぎを買って、古巣のジャック本町店への道を走っていた。
途中一番店のマルナムを見ると相変わらず多くの車が停まっていた。
地域3番店のデルジャンもそこそこ車が並んでいる。
それを横目で見ながら左に曲がり2kmほど行くとジャック本町店が見える。
気のせいかデルジャンよりやや少ないようにも感じた。
事務所に入る前に、店内を見て回った。どことなく元気がない。
スタッフの人数が昔に比べて少ない。森川の顔を見てニコッと笑いはするが元気がない。
前に陣中見舞いに来た時よりも、客数が減っている。
カウンターのスタッフに声を掛けて、カウンター横のスタッフ専用入り口から事務所に入った。
見ると川田店長が、新台の書類を作っていた。
「おはようございます」
その声に川田店長と事務所にいたメンバーが一斉に顔を上げた。
「久しぶりじゃないか、森川、元気か」
森川はパンとおはぎを川田店長に渡しながら、元気にしていますと答えた。
川田店長が事務所のみんなに差し入れをいただいたというと、みんながお礼を言ってきた。
出川主任がインカムでスタッフに差し入れのことを伝えると、インカムで全スタッフからお礼が返ってきた。
「川田店長、デルジャンの様子はどうですか?」
「良くないね。デルジャンの店長は意地になって出してきているよ。
予想では1か月ほどで決着がつき、今頃は回収モードにしているはずが、まだ出玉合戦になっている」
「そうなんですか」
「いったんは8月の末に決着がついたんだ。デルジャンの稼働が下がって、地域3番店に定着しそうになった。
そしたら、急に閉店して、再度リニューアル・オープンを仕掛けてきた。これで計画は1からやり直し、それでいまはこのざま」
「このざまですか」
「ここに来る途中見てきただろう。マルナムの一番は変わらずで、二番店はデルジャンになっている。全く困ったもんだ」
「で、店長はどうされるんですか?」
「いま、高坂部長が小泉社長のところに交渉に行っている。追加予算をもらわないと、なんともしようがないね」
そう言って、川田店長は、出川主任にワゴンサービスでコーヒーを二つ頼むように指示をした。
コーヒーが来る間、森川は会員管理システムを見させてくださいと断って、
6か月継続して来店している絆会員の推移や新規会員や継続会員の定着化状況を確認した。
絆会員の総数は、4か月前から徐々に減ってきている。
『なじみのファンが抜け始めている。これはマズイ』と森川は思った。
新規会員の再来店率は35%。新規入会を強引にいやっているのか、普通なら65%ある数値がかなり低くなっている。
デルジャンのお客様を定着化させることに失敗している可能性が高い。
ついでに継続会員の継続率を見ると、通常83%以上ある数値が78%と大きく下がっている。
現在の運営に満足していないお客様がかなり多くなっている。
これでは新台入替をし、出玉をしたとしても、一時的に稼働が上がるだけになってしまう。
「森川副店長、ナシナシですよね」
ワゴンスタッフが声を掛けてきた。
森川はコーヒーが来たので振り向き、川田店長にお礼を言った。
「会員管理システムで何か分かった?」
川田店長からはのんきな声が帰ってきた。
「川田店長は、会員管理システムをあまり見ないんですか?」とわざわざ聞いた。
あまり見ないことは以前この店舗にいた森川は良く知っている。
「見ているよ。先週も新台入替のDM案内を出したところだよ。先週も屋台イベントのDM案内を出したし、結構使っているよ」
川田店長は、当然活用できるものは何でも活用していると言いたげであった。
森川はやんわりと、DM以外にもっと会員の実態を研究して、いろんなことを考えたらどうですかと言ったが、新台や出玉の調整などで忙しく、そんな暇はないと言われた。
森川は、久米坂店では会員管理システムで、お客様の定着化を研究していると言うと、久米坂店は案外暇なんだとあっさり言われた。
「そう言えば、8月にリニューアル・オープンの時、ライバルのダーストンが対抗して出玉をしたけど、すぐにやめたそうだな。
関根店長はついてるね。運が良いんだな。やっぱり運が無いと稼働は上がらないのかな。森川はどう思う?」と川田店長は皮肉っぽく言った。
それを聞いて森川は黙った。
情けなかった。応える気にならなかった。
川田店長は、出玉と新台入替以外が工夫のすべてと思って、それ以外の努力を認めていない。
だからホール経営の自由度が極端に狭くなっている。
でもそれに気がついていない。
挙句の果てに、店舗の業績回復を運のせいにしている。
森川は、改装後の稼働を上げるために、早い段階からいろんなことを考え、事前準備を重ね、一生懸命頑張っている久米坂店のスタッフの顔が思い浮かんだ。
同時に山口饅頭堂を一から立て直すために、毎朝3時に起きて、必死で頑張った山口社長の顔が浮かんだ。
その頑張りに比べてここは何をしているんだ。
ただ昔ながらカビの生えた営業手法である新台入替と出玉に頼っているだけではないのか。
それなのに「久米坂店は運が良い?!」ふざけるな。
森川は、急に体が熱くなってきた。無性に腹が立ってきた。怒りが腹の底からこみあげてきた。
森川は黙って立つと「トイレに行ってきます」と言って事務所を出た。
これ以上ここにいると川田店長に対して、暴言を吐きそうになる自分がわかった。
顔を洗いトイレから戻ると、見に行きたいホールがあるからと、ジャック本町店を後にした。
森川は運転をしながら、俺はこの川田店長の下ではもう働けないなと感じた。