◆◇◆ 第11話 誇りを持てる仕事がしたい ◆◇◆
むかしむかしあるところ若者がいました。
彼は、就職が決まったのですが、両親から反対されました。
「パチンコ店は『遠隔』をしているって聞いたことがあるだろう。商売として信用できないから止めなさい」
若者は仕事に誇りを持ちたかったので、一瞬迷いましたが、両親の話には確かな証拠のなく、たんなる噂にすぎないと思い、その店に就職することにしました。
勤めて2か月経ったある日、お客様からクレームがありました。
「この1/319のパチンコ、320回しているけど当たらないじゃないか。『遠隔』でもしてるんじゃないのか?」
「そんなことはないと思います」
「じゃ、なぜ、320回スタートを回しても当たらないの?」
若者は答えられませんでした。
主任に話すと
「大当り確率1/319というのは、319回スタートを回したら当るという保証をしているわけではないよ。
1000回回してもあたらないこともある。その代わり100回でも当たる時がある。
平均すれば、319回で1回当たっているという意味なんだ。だから、毎回のスタートで大当りする確率は、1/319だよ」
「なるほど分かりました」
若者は一瞬でも遠隔をしているのでは?と思った自分が恥ずかしかった。
若者は次の日そのお客様を見つけ、主任から聞いた説明をしました。
「それじゃ、319回スタートを回して大当りを引く確率は、1/319なの?」
「そうです」
「じゃ、倍の638回スタートを回して大当りを引く確率は、1/319なの?」
「そうです」
「1000回回しても同じ?」
「そうなんです」
「じゃ、粘て打つことには意味がないんだね」
若者は言葉につまりました。
事務所に戻ったとき、また主任に相談しました。
「それは意味があるだろう。粘れば当る確率は当然アップする。宝くじでも1枚回より2枚買う方が2倍大当りする確率は高まるだろう?」
「そうですよね」
「そうさ、どんなに確率が低くても、大量に買えば当たる確率は高くなる。
例えば100万分の1の確率なら、10万枚買えば、10分の1という感じかな。そうだろう」
「なるほどありがとうございました」
若者は主任が何でもよく知っているので、凄いと思った。
若者は、その翌日も来ている昨日のお客様に、主任から聞いた説明をしました。
「なるほど、粘れば大当り確率は、その分だけ上がるということだね」
「そうです」
「じゃ、パチンコで言えば、スタートを1回回すと1/319の確率で大当りをする。2回回すと『1/319+1/319=2/319』ということだね」
「そういうことです。だから粘って打ってもらうことに意味があるんです」
「そうすると、319回スタートを回すと、『1/319+1/319+1/319+・・・・+1/319=319/319』で大当り確率は1になるよね」
「そ・・・・いうことになります」
そう答えて若者はマズイと思った。
「この前、私が319回回しているのになぜ当たらないのか聞いたよね」
「・・・・・・」
「だから当たらないとおかしいと言ったんだ。君の説明が正しいとすると、『遠隔』でもやっているんじゃないの?」
若者はすみませんと謝った。確かに理屈で言えば、お客様の言う通り当たらないとおかしい。
若者はやっぱり遠隔をしている?とも思ったが、邪推はやめ、とにかく再度主任に聞いてみることにした。
事務所に戻った若者は、主任に先ほどのお客様との会話内容を話し、どのように説明をすれば良いか尋ねた。
主任はすぐに答えられずしばらく考えていた。そこへ店長が通りがかった。
「主任、何をそんなに考え込んでいるの?」
主任が説明すると店長は笑って若者に言った。
「基本的にパチンコはいつ当たるかはわからないよ。だからハラハラドキドキして面白いんじゃないか。
メーカーが319回に1回は当たるといっているのだから、それを信じていればいいんだよ。『遠隔』と思いたい奴には思わせておけばいいよ」
「わかりました。でも、なぜ319回で当たらないのでしょうか?」
「そんなことを考える暇があれば、お客様のために体を動かしてくれよ」
そう言って店長は話を打ち切った。若者は何となく都合の悪いことをごまかしているように感じられた。
若い者は翌週また、質問してきたお客様に声を掛けられた。
「この間言っていたこと、分かった?」
「私では、ちょっと、役職を呼びますので」とインカムに手を掛けようとすると、お客様が手を横に振った。
「別に突っ込んで聞いても仕方がないからね。
まあ、パチンコに来ている人間は、大なり小なり『遠隔』があっても仕方がないと思っているから別にいいよ。
ただ、あまり負けが込むとつい言いたくなってしまうだけなんだ」
そう言ってお客様は笑って、手で“もういい”というようなジェスチャーをしました。
若者は頭を下げて、その場を離れましたが、『遠隔』という言葉が頭から離れませんでした。
若者はだんだん仕事に熱が入らなくなってきました。
『誇りを持てない仕事に就きたくない』その思いは日に日に強くなっていきました。
若者は心からの笑顔ができなくなってしまいました。
接客もぎこちなく、役職者に注意されることも多くなっていきました。
悩んだ末、若者はとうとうパチンコ店を辞めることにしました。家族は大賛成でした。
・・・・・・・1週間後・・・・・・・
パチンコ店を辞めた若者は、ファミレスで幼馴染の友達とその妹に会っていました。
妹のことは昔からよく知っており、大学受験の気晴らしに兄貴についてきたのでした。
若者は友達の妹に尋ねた。
「勉強頑張っているね。どこの大学を受けるの?」
「お兄ちゃんと違って、まともな大学を受けるの」妹はそう言うと、ドリンクバーを注文し、二人の横で問題集を解き始めた。
若者は友達といつものように会話を始めた。会話は、若者がパチンコ店を辞めた理由におよんだ。若者はパチンコ店を辞めた経緯を説明した。
「『遠隔』をしていない確信が欲しかったんだ。でも店長も1/319のパチンコが、
なぜ319回回しても当たらないのか説明してくれないんだよ。やっぱり『遠隔』をしているかもしれない。
その思いが強いくなって、辞めることにした。給与は良かったけどね。だってさ、自分の仕事には誇りを持ちたいじゃん。
それに家族や友達から『遠隔』の片棒を担いでいると言われたくないしさ」
友達は、その気持ちは分かると言い、自分もパチンコ店は怪しいと思っているので、それで正解だと若者の行動を賞賛した。
その時、妹が顔を上げて二人を見ていった。
「お兄ちゃんたちって、やっぱり馬鹿なの?」
その言葉に若者は面食らった。
「話は横で聞こえていたけど、パチンコって、毎回1/319の確率で当りを引くゲームでしょう。
だったら、319回で当たらなくても不思議でもなんでもないじゃん」
若者はどういうことか友達の妹に聞き返した。
「そんなの簡単よ。学校で習ったでしょう。独立した確率のくじを引く場合、引く回数でそれまでに当たる確率が変化していくでしょう。
基本的に回数が増えるほどそれまでに当たる確率は増えるわ、でも100%にはならないじゃん」
若者はもう少し分かり易く説明して欲しいと頼んだ。
「例えば、うちのお兄ちゃん。大学受験の時、受ける大学の合格率は20%だったの。1/5ね。
うちのお兄ちゃんが、同じ大学を学部を変えて5回受けたとしましょう。でも100%合格すると思わないでしょう」
若者は頷いた。
「これって、パチンコのお客さんが言ってる319回スタートを回すと当たると言っているのと同じことじゃん」
若者はなるほどと思った。
「それじゃ5回目までに合格する確率はというと、こうなるの・・・」そう言って友達の妹は計算式を書いた。
1回目で合格=1/5=0.2
2回目で合格=(4/5)×(1/5)=0.16
3回目で合格=(4/5)×(4/5)×(1/5)=0.128
4回目で合格=(4/5)×(4/5)×(4/5)×(1/5)=0.1024
5回目で合格=(4/5)×(4/5)×(4/5)×(4/5)×(1/5)=0.08192
「これをすべて足したものが5回までに合格する確率よ。(4/5)は不合格になる確率よ。
1回目で合格は文字どおり、確率は20%。2回目で合格は1回目が不合格で2回目合格だから、(4/5)と(1/5)を掛け算すると求められるわ。
16%ね。3回目で合格も同じ要領ね。それを5回まで計算して、みんなを合算すると0.67232だから、約67%。これが5回目までに合格する確率ね」
そう言って友達の妹は目の前で計算してみせた。
「お兄ちゃんは実際、10学部受けたわ。だから約89%の合格確率。
1回の受験料が3万円として、30万円で約89%の合格率を買って、今の大学に入ったってこと。
そのお陰で私は、お金がないからって、3つしか受けさせないって言われているの。
だから私は自分自身で合格率を上げるために、こうして頑張っているのよ」
そう言って友達の妹は、友達を睨んだ。
若者は319回だったらどうなるのかと友達の妹に尋ねた。
「この方法で計算すると大変でしょう」
若者は頷いた。
「もっと簡単な方法があるよ。319回までに当たるということは、319回までハズレ続ける確率を求めればわかるわ。
その真逆だから。計算自体はシンプルよ。ハズレ続ける確率は(318/319)を319回かけるから、(318/319)の319乗で求めて、1からその数字を引くと簡単に求められるわ。
319回までに当たる確率=1-(319回までハズレ続ける確率)
=1-(318/319)の319乗
だから、
319回までに当たる確率=1-0.367302=0.632698
ほら、
319回まのでに当たる確率は、約63%になるわ」
そう言って友達の妹は計算してみせた。
「だから、319回回して当たらないのは、約37%の確率で発生していることで、おかしなことでもなんでもないわ。
それをお客さんから『遠隔』だと言われて、そう思うこと自体が問題と思うんですけど。それに賛同するお兄ちゃんはもっと最低。
二人でボケ漫才でもやっているのかと思ったんですけど・・・」
そう言われて若者は恐縮してしまった。
「でも、パチンコ店を辞めたのは正解かも。こんなことも説明しないなんて、どうかと思うわ。やっぱりそのお店、本当に怪しいかも・・・」
そういうと友達の妹は、また問題集を説き始めた。
若者と友達はバツが悪そうにお互いを見た。
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