凋落店舗の店長
「関根店長には、新店ではなく、久米坂店に行ってもらう」
小泉社長が翔太に告げた。
「どういうことでしょうか?
久米坂店の太田店長はどうなるんですか?
退職されるのは、半年後と聞いていましたが・・・」
翔太は自分の知っている事実を確認した。
しかし、内心では『なんで自分が、そんな地すべりを起こしているようなお店に配属させられるのか?』という思いが渦巻いていた。
翔太は何もわからないのに、コミュニティ作りを任されてよく頑張ったという思いがある。
でも頑張った結果が、さらに厳しい店舗を任されるというのでは、頑張りがいがない。
それにこの久米坂店は、高坂部長のもと新台入替と出玉に頼ってきた店舗である。
今残っている客層がどのようなものか分からないし、パチンコユーザーのイメージも良くないように思う。
正直に言えば、新店の目処が立つまで、翔太は大滝店にいたいのである。
しかし、現実は翔太の思いとは反対方向に進みつつある。
「実は、その予定が早まったんだ。
太田店長は実家の商売を継ぐために退職する。
お父さんの調子が悪く、親御さんからもできるだけ早く辞めさせて欲しいと言われていたが、
そのお父さんが一昨日倒れられて、太田店長の近々の退職が急遽確定したんだ」
翔太は小泉社長に食い下がった。
「それなら久米坂店には引き継ぎを兼ねて、森川主任が副店長として6か月前に久米坂店に移動しているはずですが・・・」
「関根店長は、森川副店長に店長をさせればよいと思っているだろうが、それはまだできない」
「なぜでしょうか?」
「店長会議に出ているので、関根店長も久米坂店の現状は知っていると思うけど、
久米坂店の業績の落ち込みは予想以上で、森川副店長にバトンタッチができる状態ではない」
「でも高坂部長がフォローされるのでしょう?・・・・」と言いかけて、
改めて翔太は気づいた。
久米坂店が第2営業部管轄になったことを。その理由を。
小泉社長は新たな体制について、翔太に説明をした。
「さっき言ったように、久米坂店と浅沼店は、第2営業部の管轄にする予定だ。
その理由は各店の経営環境が厳しくなり、今の体制では店舗数が多く、
高坂部長のフォローがなかなか行き届かないことにある。
そこで、高坂部長には、残りの蛍川駅前店、本町店、森沢店の3店舗の店舗指導を集中してもらうことにした。
山崎部長には、新店の問題を解決してもらわないといけないので、
これまで同様、大滝店と大安寺店の2店舗を中心にフォローしてもらうつもりだ。
そこで関根店長には、久米坂店の店長をしてもらいながら、
森川副店長を育て、浅沼店のコミュニティ化の指導もしてもらいたいと思っている。
せっかく身に着けたコミュニティホールづくりのノウハウを、既存店で生かして欲しい。」
「ちょっと待ってください。
久米坂店に加え、浅沼店の指導もするのですか?
少し無理があると思いますが・・・」
「大丈夫だ。森川副店長は計数管理も強く、基本的な店舗運営は任せることが出来る。
ただ、コミュニティホールについての知識がないだけだ」
「それはそうですが・・・」
「浅沼店の指導については、体制を考えている。
実は、来期から新しく社長直属の『コミュニティホール推進室』を作ることにした。
関根店長はその室長も兼務してもらうことにする。
これで関根店長が、浅沼店を指導する大義名分が立つだろう」
「いえ、そういう話ではなく、ですね・・・。
私みたいな新米店長が最古参の星野店長を指導するのは、ちょっと遠慮したいのですが・・・」
翔太としては、基本的に年配者を立てておきたいのが半分。
もう半分はなるべく困難なことは減らしたい、というのが本音である。
「心配しなくても、久米坂店と浅沼店の距離は近い、
30分もあれば十分車で移動できるから大丈夫だ」と山崎部長が翔太に声をかけた。
窓の外、遠くでカラスの鳴き声が聞こえた。
翔太は、このままでは流されるのはマズイと思った。
新店でやろうとしていたことが出来ない。だったらこの際と腹をくくった。
翔太は小泉社長を見た。
「わかりました。その代わりと言っては何ですが、久米坂店で自分の思った通りのことをしてもかまいませんか?
前例にとらわれず、コミュニティホール作りで、試してみたいと思うことがあるんですが・・・」
翔太は新店で試したいと思っていたことを小泉社長に説明した。
「関根店長の考えは分かった」
小泉社長は、予算の大枠が変わらないのであれば、機械代や人件費、
その他諸経費の組み換えは、自由にしても良いとOKを出した。
ホール運営に関しても事前報告さえすれば、承諾することを約束した。
◇◇◇
小泉社長との話が終わった後、翔太は山崎部長と本社の会議室で話をしていた。
「山崎部長、どういうことなんでしょうか?」
「新店の状態については、さっきの話の通りで、しばらく延期ということになる。
住民や地主、所轄や行政との調整等が必要になってくるので、俺も結構時間がとられる」
「それは大変ですね」
「関根店長も新店の期待はしていたと思うが、こういうこともある」
「わかりました。でも久米坂店の店長に移動して、しかも浅沼店も面倒を見るというのは・・・」
「関根店長のいつもの『塞翁が馬』はどうしたの?」
「それはそうですけど」
「だったらあまり気にするなよ。これが福となって、関根店長の運がまた開けるかもしれないからさ」
「他人事だと思って、結構おっしゃいますね」
「そんなことはないさ。関根店長が失敗すれば俺の部だから、俺の責任になる。
一蓮托生?いや、運命共同体?ってところかな」
「それはそうですね」
「でも実際、これ以上会社の業績をダウンさせるわけにはいかない。
今のようなジリ貧状態が続くと会社の存続の問題になってくる。それはわかるだろう?」
「わかります」
翔太はしかたなく頷いた。
「実は3日前の話になるんだが、来期に向けた新体制の話の中で、
高坂部長が管轄している店舗の業績の悪化が問題となった。
その時、高坂部長は環境変化が激しく、今の状況では各店長のフォローが十分できないという話をした。
それを受けて社長が、高坂部長の管轄している2店舗を外すことにしたというわけさ」
「高坂部長は、良くそれを承知しましたよね」
「高坂部長の本音としては、予算を回してもらうために、
管轄している店舗の経営環境の悪化を小泉社長に訴えたつもりが、藪蛇になったというところかな」
「山崎部長は、管轄店舗が2店舗から4店舗に増えても大丈夫なんですか?
それに今期は新店もありますし、結構バタバタしますよ」
「関根店長がコケない限り、それはなんとかなるさ」
そう言って山崎部長は笑った。
「それよりも、小泉社長としては、今回の体制への移行は、予定の行動なのかもしれないかな。
社長は、コミュニティホール型の店舗と高坂部長が担当している従来型の店舗を比較しながら、
コミュニティ化に対する確信を深めていかれたように思う。
いずれコミュニティホールにするなら、早目が良いと判断されたように感じる。
それに今までのやり方に固執して、新しいことに挑戦しない店長たちに、苛立ちを感じておられるようにも思う」
「そうなんですか」
「だから改革を早くしたいという強い意思が感じられる。
今ならコミュニティホールをやることで、競合店との差別化を図ることができる。
それにやっていてわかると思うが、早くやった方が、コミュニティに興味があるファンを集めやすい。
そして何より、グループ店舗間の人事交流をスムーズの行うことができる」
「それはそうですけど」
「来週には来期の体制が発表になるが、関根店長は、久米坂店に移動。
同時に吉村主任も久米坂店に移動させる。
大滝店は、田所副店長が店長になり、俺がサポートする。
主任の不足は、相沢美月をリーダーから主任に昇格させることで補充する」
大滝店の人事については、翔太の出した要望がほぼ通っている。
「吉村主任が一緒なら、コミュニティホールの要領も分かっているので、私としても心強いです。
でも、気になるのが森川副店長です。太田店長の後任として、本町店からきているのでしょう。
業績が悪いという事実があったとしても、太田店長がいなくなるのに副店長に据え置かれると言うのは、
素直に喜べないのではと思いますよ」
「俺もそう思わなくはないが、社長の第一優先はコミュニティホール作りだ。
これをいきなり森川にやらせるのは無茶だろう。
それに森川はどちらかというと高坂部長の考え方に近い。
彼に店長を任せると社長の言っている『愚かなロバ』となる恐れもある」
山崎部長からそう言われると、それもそうだと翔太は思った。