本当の地域密着店の作り方(実践編)

店舗(パチンコホール)が地域のコミュニティ広場としての取り組みを始めた

関根翔太のコミュニティホール指導回想録

『本当の地域密着店の作り方』の後継本となる予定の連載です。

コミュニティホールの理由

「それでは私から質問します」
そういって尾田主任を見た。
「尾田主任、うちが目指しているコミュニティホールの定義を言ってください」
 会社から配布されている資料を持っている尾田主任は、 それに書いてあるイノベーション型コミュニティホールの定義を読み上げた。

ホールと顧客、顧客同士の間に信頼関係が生まれ、
顧客が積極的にホールで楽しみたいと思い、
顧客同士がホールで会うことを楽しみにし、
知人などをホールに連れてきてくれ、
あたかもホールの一員として行動してくれる状態をつくりあげる経営。

以上です」

「尾田主任、ありがとう。皆さんに言っておきますが、一応定義は暗記しておいて下さい」
 翔太は全員を見回した。みんな神妙な顔つきをしている。

「この久米坂店は、今期から本格的にこのようなコミュニティホールを創りあげることに注力します」
 そういって森川副店長を見た。
「森川副店長は、なぜ、うちがコミュニティホールに取り組んだか、そのきっかけを知っていますか?」
「はい、大滝店の立て直しのために導入したと聞いています」
「そうですね。ではなぜコミュニティだったのですか?」
「あの頃は、会社に出玉や新台の予算が、あまりなかったのが大きな要因と、私は聞いていますけど」
「確かに会社が厳しかったというのはありますが、それがコミュニティホールに取り組んだ理由ではありません」
 そう言って翔太は、森川副店長から視線を吉村主任に移した。 このまま森川副店長に発言させておくと、マズイ方向に行くと翔太は思った。

「吉村主任」
「はい、従来の出玉や新台入替だけでは、大滝店の立て直しが難しいと小泉社長が判断したからです」
「正解です」
 これで話の流れを修正できる。こちらが期待する答えを出してくれる吉村主任は、ありがたい存在である。
「ではなぜ、出玉や新台入替だけでは立て直しが難しいのでしょうか?尾田主任」
「そうですね。まず、出玉の効果が落ちてきています。
 無制限営業をしているので、お客様の勝ち率が伸びません。一部のお客様が大勝ちするだけです。
 それに出玉イベントがなくなってから、いろいろな意味でお客様の期待感を十分演出できず、 効果が落ちてきています」
「なるほど」

「新台についても、有名定番機は別ですが、実際の利用者は限られているということと、 新台イコール出玉というようなイメージがほとんどなくなり、 新台だけでの魅力も落ちてきています。
 それはパチンコ台自体に、大きな改善の余地がなくなって、 同質化してきたことも要因と考えます。
 メーカーとしては毎回違うモノを出してると思っているかもしれませんが、 パチンコユーザーはあまりそう感じてないと思います。 先だっても、お客様が新旧バージョンを間違えて台の話をされていましたから」
「尾田主任はなかなか勉強しているね」
「会員管理システムが好きで、出玉の効果や新台の利用状況を、いろいろと調べていましたから」
 尾田主任は新卒採用の3期目であり、大学の学部は理工系。 就職難で同じゼミのほとんどが大学院に進む中で、 学費がもったいないと就職をしたと話していたのを、翔太は思い出した。 実際にやってみたことを検証する癖は、出身学部の影響のような気がした。

「それ以外に何かありますか。西谷主任」
「えー、体力が持たない」
「もっと具体的に言ってください」
「はい、それは、出玉も新台もお金がかかるので、お金がある大手企業に対抗して、 出玉や新台をしても、お金が続かないので勝てない、ということです。」
「そうですね。資金量は、規模の優位性の最たるものです。 相手が得意とする分野で争うのは、得策ではないですね。 西谷主任も正解です」

「他に付け加えることはない?吉村主任」
「はい。新台や出玉をいくらしたとしても、 顧客のロイヤリティは高まらないということも大きいと思います。
 要するに、たとえ今の競合店に新台と出玉で勝てたとしても、新しいホールが出てきて、 私たち以上の出玉と新台入替をやれば、そちらにお客様を取られてしまうことになります。
 これでは地域に根を生やした経営をしているとは言えないと思います」
 翔太は、さすが吉村主任と言いたかった。他の主任もなるほどという感じで聞いている。

「いいですね。経営にゴーイングコンサーンという言葉があります。
 これは会社は存続し続けることが大切という意味を持っています。
 私たちの努力が蓄積され、企業の力になっていくことは、会社が存続し続けるために必要なことです。
 会社が存続し続けることが、私たちみんなの生活の安定につながるので、これは大切です。
 そうは思いませんか西谷主任」
「えー、そうですね。そう思います。歳を取ってから職を失いたくはないですから」
 そう言って西谷主任は小さくうなずいた。

「皆さんは、コミュニティ基本講座を受けてもらったので、 コミュニティホール作りに何が必要かは理解してもらっていると思います」

 翔太は、コミュニティホールに必要なのは、お客様との信頼関係であり、 お客様との信頼関係を深め、ホールスタッフとお客様は、 このホール仲間という立場に立つ必要があるという話をした。
 そして簡単にコミュニティホールに必要な3つの必要条件と10の十分条件を話し、 それを具体的に施策として実行手順を述べようとした。

 その時、森川副店長から質問が出た。
「関根店長の言うこともわかりますが、やはりパチンコをするお客様は、 店に対する信用より、勝つことに重きを置いているんじゃないでしょうか?
 確かに、関根店長がいた大滝店の客層は、パチンコを手段として、 ストレス解消やコミュニティを求めていたかもしれませんけど、 この久米坂店のお客様は、勝にこだわっているように思えるのですが」
 そういって森川副店長は西谷主任を見た。

 西谷主任はそれを受けて、しゃべり始めた。
「店長の言われることは分かりますが、 森川副店長が言われたように、このお店は勝にこだわるお客様が多いと思います。
 台粗利を少しきつめに取ろうとすると、必ずもっと出せとかいうお客様がいらっしゃいます。 実際、出玉に対して強く反応しているように思います」
 昔は俺もそんなことを考えていた、と翔太は思った。

◇・・・・・・

 そして同時に北条真由美のことが頭をよぎった。北条真由美が聞いていたら、 ニッコリ笑ってこう言っただろうな。
『関根主任、梅にうぐいす、花にちょう、という言葉をご存知ですか?
 鶯を呼ぼうと思えば、梅の木を用意する。
 蝶を呼ぼうと思えば、花です。
 つまり、自分が何を提供しているかで、それにふさわしいものが来るということです。
 あなたがたがやってきた“出玉”で、喜んでくる人は、誰ですか?
 勝ち負けに固執する人にですよね。
 その人達が、この店に自然に集まってきたような言いようは、おかしいと思いませんか?
 関根主任はそんなこともわからないのかしら?』
 翔太は、苦笑いしそうになる自分を抑えて、話を進めた。

・・・・・・◇

「森川副店長、分かりました。
 でもそのお客様はこの店の施策に反応してきた人たちですよね。
 これまでやってきた主な施策は出玉ですよね。
 出玉施策に反応する人は、勝ちにこだわる人ですから、 言われていように勝にこだわる人が多いのは当然です。
 しかし、これは自分たちが蒔いた種が実ったというだけの話です。
 つまり、今までスイカの種を蒔いたらスイカができた。
 でもこれからは、スイカの種ではなくて、ナスビの種を蒔こう
と言っているのです」
 そう言って森川副店長を見た。

「私は、そういうことをするのは、リスクが大きいというように思います。
 関根店長も引き継ぎで確認されていると思いますが、
 この地域にパチンコ人口は減りつつあります。
 その中で苦労して集めたお客様たちです。
 コミュニティホールも結構ですけど、方向転換をしたらせっかく集めたお客様が、他の店に行ってしまいます。
 そうなると益々業績が落ち込むと思います」
 そう言って、森川副店長は翔太をにらみ返した。

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