◇◇◇高坂部長とのゴルフ
6月の2週目にもなると、少し運動をすると汗ばんでくる。
今日は天気が良い。絶好のゴルフ日和である。
「おはようございます」 森川副店長は、高坂部長に誘われてゴルフ場にいた。 部長の他には本町店の川田店長、それに蛍川駅前店の長沼店長の4人でプレーしている。 いずれも第一営業部のメンバーである。 以前は久米坂店の前任の店長であった太田店長が誘われていたが、 太田店長が故郷に帰ったので、今は森川副店長が常連メンバーとなっている。
「6月の初めに競合のデルジャンが閉店したそうですね」
森川副店長が高坂部長に話しかけた。
「聞いていたより少し早めに閉めたように思う。
やはり単なるリニューアルというよりも新店に近い本格的な工事をしてくるかもしれないと部長と話しているんだ」
高坂部長と並んで歩いていた川田店長が答えてきた。
「いずれにしても、デルジャンのオープンで、地域のパチンコファンが大きく動くことは間違いないだろう。
今地域一番店をしているマルナムのお客さんも動く。
その時に如何にジャック本町店のスタートが回ることを改めて知ってもらえれば、パチンコファンはうちの店に留まってくれるだろう」
高坂部長は自信ありげに森川副店長に語った。
「そのための準備をしてきたので、今度こそ、デルジャンを完全に抑え、うまく行けば地域一番店の座に返り咲きますよね」
川田店長も今回のリニューアル対策に期待している。
「そうは言っても、デルジャンも出してくるだろうし、マルナムの店長も出玉で合わせてくる可能性もある。
油断は禁物だよ。川田店長」
「ハイ、気をつけます」
二人の会話から、今回のリニューアル対策はかなり周到に準備しているという印象を森川副店長は受けた。
「ところで、森川副店長。久米坂店の調子はどうなんだ?順調に業績は回復しているの?」
高坂部長は森川副店長に尋ねた。
「コミュニティ化は進めていますが、回復というより若干落ち気味です。パチンコで言えば、
5月はおよそ15000アウトあったのですが、6月の現時点では14500アウトとさらにダウンしています。
効果が出ているとは言い難いですね」
森川は「おそらくダメでしょう」という推測を付けようと思ったが、副店長という立場で他人ごとのように言うのは無責任のような感じがして止めた。
「コミュニティホールの効果は遅効性?ということなんだから、上手く行っているか不安だろう。森川副店長もたいへんだね」
「本当ですよ。チマチマして嫌になります。
高坂部長、早く本町店を地域一番店にして、久米坂店を元の普通のパチンコ店のやり方に戻してください。お願いします」
森川副店長の偽らざる心境である。
「そうだな。本町店は遅くとも10月までには、決着がついているだろう。
そこで小泉社長に出玉と新台入替が中心でもまだまだやれると感じてもらい、第一営業部を元の状態に戻してもらう。
その時は、久米坂店の店長に森川副店長がなるのが自然だろう。
まあ、会社の話はこれくらいにして、今日はゴルフを楽しもうや」
そう言って高坂部長は笑った。
森川副店長は、高坂部長がグリーンに向けて真っすぐ飛ばすゴルフボールを目で追いながら、本町店の成功を心から念じた。
◇◇◇ リーダーのカード切り替え段取りの報告
翔太は店内を一回りして、事務所に戻ってきた。 稼働は良くはなっていないが、ここに来た当初に比べて、客層は良くなってきているように感じた。 出玉というよりも、居心地を重視している人が多くなってきている。あと会話がもう少し欲しい。
「店長、お時間はありますか?」
自分の席に着くと岡田リーダーが声を掛けてきた。
「進捗ミーティングが5時からだから、それまで時間があるよ」
そういうと岡田リーダーはリーダー3人で話したか“カード切り替えの段取り”の報告をしたいと言ってきた。
翔太は事務所の隅のミーティングテーブルに移動した。
「いま、寺島リーダーはホールで、横井リーダーはお休みです。私が代表して報告します」
そう言って岡田リーダーはスケジュールの説明を始めた。
「ちょっと待ってくれるかな。いきなり施策の話をするのは止めてもらえる」
翔太は、岡田リーダーを制止しした。
そう言えば岡田リーダーはこういう段取りをしたことがあっただろうか? もしかしたら、誰からもプランニングについて教えてもらっていない可能性もある。 時計を見ると少し時間に余裕はある。 翔太は岡田リーダーを育てるために、少し段取りの立て方の話をすることにした。
「まず。今回のカード切り替えで達成したいもの、つまり目的、そして目標をまず明確にしてくれ。
それが私と共有かできているかが、まず第一だ。カード切り替えの目標はどこに書いてある?」
「それは・・・」岡田リーダーは詰まった。
「例えば、1か月の間に60人切り替える場合と600人切り替える場合、同じ施策になると思う?」
「それは違います。30人なら一日2人の切り替えなので、何もしなくても行くと思います。
600人の場合は、一日20人なので、少し人手は欲しいですね」
「わかるよね。目標によって施策に違いがでる。
だから、施策を先に説明してもダメだというのは分かった?」
「良くわかりました」
岡田リーダーはなぜ目標を最初に説明すべきかを理解した。ここがズレていては、話にならない。
「じゃ、次に行くよ。7月1日から切り替えを行って、毎日20人の人が、コンスタントに切り替えると思う?想像してみてくれ」
岡田リーダーは、考えながら視線がダンダン上がっていき、天井を見上げた。
視線を戻すと「そうではないと思います。日によってバラツキがあります」と翔太に言った。
「具体的には?」
「初日は、多くなります。全会員が切り替え対象となりますで、軒並み切り替え案内ができます。
日がたつごとに、切り替え者が増えていきますから・・・」
岡田リーダーは毎月管理している会員の来店状況と重なることに気づいた。
「初日は一番多く、150人以上になります。このホールはだいたい200人前後の会員がきていますので」
「そうだよね。それ以降は?」
「翌日が70人くらい、その次が50人くらい、30人、20人と減っていきます」
「それを踏まえた計画になっていますか?」
岡田リーダーは首を横に振った。
同じ目標数値でも、そこに至るまでの認識をどのように持つかで、同じように施策が違ってくることに気づいた。
「次に、目的を考えてみよう。今回のカード切り替えの目的は?」
「伺っていたのは、会員カードを便利カードに切り替えることで、
お客様の囲い込まれるという意識を払しょくすること、二つ目がお客様の情報収集で、三つ目が関係づくりの再構築です」
「OKです。一つ目は、切り替え作業自体で目標を達成しますので、これは気にしなくていいです。
二つ目は、情報収集するツールは『切り替え用紙』ですが、会話に時間がとられるよね。
となると、この施策はそういうものを配慮した計画になっているかも大切だよね」
翔太は、岡田リーダーを見た。岡田リーダーはプランを目で追っている。
「そうですね。特には意識していませんでした。
確かに切り替えの会話が5分なのか10分なのかで、フォローの動きはかなり違ってきますね」
「そして、3つ目の関係づくりは、ただ会話しただけではできないよね」
「おそらく、なるべく相手を覚えておくことと、お帰りの時の声掛けや翌日というか次に来た時に声掛けなどが必要と思います。
それに切り替えの会話の時に、コミュニティホールの話を伝え、共感してもらうことも大切なのかもしれません」
「良くわかっているね。
そしたら、ここのスケジュールにスタッフへの『簡易切り替えマニュアルの配布』となっているけど、そうことを考慮したものになっている?」
「・・・。店長、作り直してきていいですか?」
岡田リーダーは自分の計画の立て方が不味いと思った。
しかし、店長に声を掛けるまでは自分では良く出来た計画だと思っていた。
横井リーダーや寺島リーダーもこれで大丈夫と言っていた。
でも店長と話をすると、あっさりと作り直しが必要と感じてしまった。
岡田リーダーは不思議な感じがした。
「構わないよ。でも時間がないからさ。DMやポスターの準備は進めてくれる?」
「わかりました」
岡田リーダーはそう言うと自分のデスクに返り、パソコンで修正をし始めた。
翔太は岡田リーダーを眺めながら、北条真由美が見たら、部下育成がなってないと嫌味を言われるのだろう思い苦笑した。