本当の地域密着店の作り方(実践編)

店舗(パチンコホール)が地域のコミュニティ広場としての取り組みを始めた

関根翔太のコミュニティホール指導回想録

『本当の地域密着店の作り方』の後継本となる予定の連載です。

◇ 新規出店問題の住民代表

 雑談を交わしながらモニターを見ていると、山崎部長が突然、モニターのコントロールキーを触り、画面を拡大した。
「どうしたんですか、部長」翔太は山崎部長に尋ねた。
「この人は児島さんだ。今度の新店の出店でもめている地域の代表の一人だよ」
「そうなんですか」
「この間、うちのパチンコ店は、そこらのパチンコ店にはない取り組みをしている。 嘘だと思うなら見に行ってくれと言って、この久米坂店のことを話したんだ。まさか本当に来るとはね」
「あの新店予定からでしたら、車で1時間半かかりますよね」
 そう言って翔太もモニターを見た。
 明日葉リーダーが突然叫んだ。
「あ、このお客様。朝、体操や朝市のことを、私にいろいろ質問してきたお客様ですよ」
 山崎部長は、事務所をあわただしく出て行き、そのお客様のところに急いだ。翔太も山崎部長の後を追った。

「児島さん、いらしてたんですか」
 山崎部長は駐車場で追いつくと声をかけた。
「山崎さんですか。失礼ながらあなたの言葉が本当か確かめにきました。 なかなかいいお店じゃないですか。スタッフが明るいし、お客さんの質も良さそうですね。
 廃棄野菜の問題の取り組みや地域を巻き込んで体操もしている。 店内には認知症の講座を地域包括支援センターと連携して開催すると書いてありましたね。
 本当にあなたの言っている通り、本気地域のコミュニティホールを目指していることがわかりました。 これをみんなに伝えます」
「ありがとうございます」
 山崎部長は丁寧に頭を下げた。その後ろで翔太も同じように頭を下げた。
「本当のことを言えば、私はあなたの言っていることを信じていませんでした。 おそらく世間の目をごまかすためのパフォーマンスに過ぎないと思っていました。しかしここに来て、今日はその認識が変わりました。 ジャックさんの取り組みを見たり、実際にスタッフの方と話をして、本当に地元のことを考えていることが分かりました。
 今は、私の個人的な感想ですか、こんなパチンコ店なら、うちの地域に在って良いんじゃないかと思っています。 それでは失礼します」
 そう言って、児島さんは帰って行かれた。

「部長どうでした」翔太は山崎部長に近づいて声を掛けた。
 振り向いた部長はニッコリ笑って、OKのサインを指で作った。
 翔太はホッとした。
「関根店長、これで新店問題は解決に向けて大きく前進する可能性が高まった。 隣の駐車場用の土地の買収もできるようになるので、早ければ来年の4月には建物の工事にかかれるかもしれない」
「本当ですか?」
「可能性はかなり高いが、とりあえず可能性だ」
 翔太は嬉しかったが、一瞬この久米坂店を離れたくない、という感覚が過ぎった。 やっぱりコミュニティを作ると、どうしても感情移入をしてしまう。翔太は改めて思った。
「わかりました。楽しみにしておきます」
 翔太は山崎部長と一緒にホールの正面入り口へと歩いて行った。

 部長と二人で戻る途中、食堂を見ると行列ができていた。並んでいる人の二人に一人は試食券を持っている。 改装前の種まきが功を奏しているのだ。大盛況である。
 カウンターに立ち寄ると、今日は一般景品に交換する人が多いとカウンタースタッフが報告してきた。 景品に書かれたPOPを眼鏡をかけて見ている人もいる。防災グッズも夫婦だろうか、POPの解説を見ながら、景品を手に取ってみている。 その横でホールスタッフが頷いては、景品を指さしている。これまであまり見慣れなかった光景である。
 翔太は、今日は何もかもうまく行っていると感じた。

 リニューアルの初日はあっという間に終わった。閉店後、集計してみると予定通り今期最高の稼働を記録していた。 すべてが順調である。こんな日もあるのかと思ったが、すぐにマズイと思った。慢心は隙を生じさせる。 信用を積むのは苦労するが、失うのは一瞬である。 こんな時にこそ、次の取り組むべき課題を明確にして、さらなる改善をしようと思った。

◇◇◇ 小泉社長の陣中見舞い

 翌日、小泉社長が久米坂店にドーナツを大量に買い込んで、陣中見舞いにやって来た。
「関根店長、ご苦労様。これはみんなで食べて」
 そういうと小泉社長は横にいた寺島リーダーにドーナツを渡した。
「ありがとうございます」
 寺島リーダーは、さっそくインカムで社長からの差し入れのことをみんなに伝えた。
「社長、ドーナツ、ありがとうございます」
 翔太はニコッと笑った。
「今回のリニューアルは大成功じゃないか」
「それはみんなのお陰です」
「山崎部長から聞いたよ。新店問題でもめている住民代表の児島さんが絶賛して帰ったって」
「それはオーバーですよ。でもこの店の取り組みを評価して下さったのは確かです」
「山崎部長は、今日さっそく児島さんに会いに行ってるよ」

 小泉社長は上機嫌であった。 小泉社長は翔太から簡単な報告を受けた後、店舗をくまなく回って、工夫しているところを見つけては、リーダーやスタッフを褒めた。
 その後、小泉社長は事務所に戻り、森川副店長や主任を順番に事務所に呼んで、現在取り組んでいる施策の進捗を尋ね、熱心に聞いては褒めて、労をねぎらった。 それを翔太は小泉社長の横で聞いていた。
 お客様の入りは、初日ほどではなかったが、社長が来て、みんなを褒めるので、雰囲気は盛り上がり、それはお客様にも伝わって、盛況感は変わらなかった。

 ◇

 リニューアル・オープン後、ジャック久米坂店の盛況ぶりに危機感をもった地域2番店のダーストンが出玉攻勢をしかけてきた。その影響で一部の客層が来なくなった。 ジャック久米坂店は、稼働は少し下がったものの8月末までは23000アウト以上をキープし続けることができた。

 翔太は会員データで離反した会員と定着している会員を分析した。 定着している会員は、以前から来店し、毎月コンスタントに来ている人が多く、離反している会員は、このリニューアルから打ちに来ている人やリニューアルで新しく会員になった人が多かった。 おそらく、このリニューアルに出玉を期待した人が物足りなく、ダーストンに移動した可能性が高いと翔太は思った。 念のために6か月以上継続して来店しているいわゆる絆会員の定着率は、約97%と高水準になっていた。 翔太はコアにある会員の定着化が進んでいることで、コミュニティホールの成功を確信していた。

 翔太が久米坂店にやってきたときには、この絆会員の定着率は低く、絆会員は徐々に減っている状態だった。
 4月にコミュニティホールへの取り組みについてのキックオフを行い、お客様との関係重視を打ち出し、機種揃えもお客様目線へと大きく舵を切った。 このころから絆会員の減少は無くなり始めた。
 5月はスタッフの接客の基本を徹底させることで、お客様の不安と不快を排除することに努めた。 同時に、店舗周囲のゴミ拾いなどの地元貢献活動などを行い、店舗の方針を知ってもらうためにニュースレターを会員に出し、店内にも掲示をした。 このころより絆会員の定着率が少し始め、絆会員の減少は止まった。
 6月は引き続いて接客の基本を徹底するとともに挨拶を強化し、新規会員募集の強化しながら、7月の会員カード切り替えの準備をした。 このころから絆会員は少しではあるが増えはじめた。
 7月に会員カードの切り替えを行い、会員とのコミュニケーションを密接にすることでさらに増え、定着率は96%と、翔太が以前いたジャック大滝店の水準に近づいていた。
 8月の定着率97%は、絆会員というコア会員の醸成が順調に進んでいる証拠であり、6月以降の新規会員の数値から判断して、11月以降からは絆会員が毎月50人以上増加していくと翔太は推測した。
『この内容ならダーストンの攻勢はまったく問題ない』
 翔太は9月の店長会議の資料を作りながら心の中で呟いた。

 実際、攻勢をかけたダーストンは、一時期稼働は上がったものの、地域1番店のグレイトデールが同じように出玉営業を始めると稼働を下げていった。 傍から見ていると地域1番店のグレイトデールと地域3番店となったダーストンが、出玉営業でお互いにパチンコユーザーを取り合うような構図になっていた。

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